一皮むけたというべきか。 | 胸に睡蓮

胸に睡蓮

なかなか悟りを開けない。
たいへんたいへんと言いながら生きてます。

基本、自分は西洋占星術の星の動きに同調して生きている。
そっちでは山羊座冥王星時代が終わろうとしているのだが、この10数年間は個人的にかなりの激動期だった(特に冥王星が自分の太陽と合になった時がしんどかった)。

いろいろを経てなんとなく落ち着きつつある今、ふと気づいたことがある。

現在のこの思いきりフリーダムな生活、これは山羊座冥王星時代前に自分が憧れ望んでいたものそのものじゃないか、ということに。


自由を手に入れるには依存心を捨てて自立することが条件で、それまでの自分にはそんな力はないと諦めていた。
が冥王星パワーの「これでもか」な試練を乗り越えるごとに、「どれもこれも他人をあてにできない、自分でやるしかねぇ」な気持ちに脳みそが入れ替わっていって、気づいたら自分ひとりで好きなように生きる生活が手元に残った。

ざっくりいえばこんな感じの私の冥王星時代。
山羊座の前の射手座の人はどうだったのだろう。
個人によっても違うだろうから他の人たちはどうだったのだろう。
ま大変だけど生きていれば巻き返しはあるし決して悪いことばかりじゃないぜ、というのが冥王星時代を通った私の所感だ。