以前はレイキは基本的に人に施すもの、と思っていた。
法律的にも動物は「モノ」扱いだし、人が優先と言う意識が強かったのかもしれない。
それが、久原家にお世話になることが増えてから、家族の一員犬の「フラン」と会うことが増えた。
会社員時代はカリカリしていて動物と子供にそれほど好かれる方ではなかったけれど、最近はなんだか受けいれてもらえるようになった。
たまたまフランとくつろいでいて、なにげなく手をあてた瞬間、右の下腹部に強烈なヒビキを感じた。
普通のヒビキは少し長めにあてると取れるけれど、いくら施しても取れない。
アニマルレイキの実践者敬子さんも同じように感じていて、今は二人がかりで時間があれば施すようにしている。
でもいまだにヒビキが取れることはない。
人のように意思表示できない動物は家族の代わりに繊細にいろんなことを受け止めてくれているのかもしれない。
家に訪問すると寄ってきて「あててほしい」とお腹を見せる。
動物の方が人よりもよほど正直なのだ。
言葉は話せないけれど、氣持ちが分かる氣がして、ただ手をあてている。
私にはそれしかできないのだから。
痛がっている、苦痛に感じている、そんな人・動物・環境、そこにただ施すのがレイキの原点。
見返りも伝授も体制も、そんなものまったく関係ない。
癒しを必要としているところにヒーリングをする。
その精神から遠ざかったところに本質はない。
いろんなことをフランに学んでいる。
そして、たくさん生きてほしい。
ありがとう。