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予防医学指導士と歩む♪利他主義日の本美人への道~天成る道へ~

日常の美容系やサプリのウソ暴きます。もう絶対騙されない!細胞美男子、細胞美女子へ☆予防医学指導士だから伝えたい、予防医学・未病、代替療法をご紹介!利他の心、自愛の心を備えて天成る道を歩み、健康的で美しい魂の持ち主、『美魂人』を達成しましょう☆

 数回に分けて、日本心理臨床学会-第35回秋季大会-(2016年9月4日~7日)での内容と感想をアップさせていただきます。

 

 『日本文化に適した心理療法の発展を考える-仏教を源流とする“マインドフルネス”をテーマとして-』に参加しての内容と感想を、2回に分けてご報告させていただきます。

 

 

 第1部の基調講演では『マインドフルネスとは何か-米国での実践から日本への提言』とのお題で始まりました。

 

 大谷彰先生は、アメリカでマインドフルネスがいかに流行したか、そして流行したことで生まれた問題点についてのお話をされました。

 

 日本に古くからある“禅”では、流行にはならなかった、しかしアメリカでは禅を源流としたマインドフルネスが市民権を得ることになった、その大きな理由に、アメリカは日本のような国民皆保険制度が無いため、健康維持には保険会社が大きな役割を持っており、保険申請者がCAM(Complementary and Alternative Medicine : 補充代替医療)による治療を受けて申請するため、保険会社が精神療法やマインドフルネスにおいても、治療効果やエビデンス、文献研究に対しての要求が高いために、それらの研究が盛んになったということがあるそうです。

 

 また、未成年に対しても“子供にやってよい”との認識が高く、授業に取り入れているところも存在することが広まりやすい要因の一つともお話しされていました。

 

 

 現在のマインドフルネスには二重パラダイムが存在しており、1つはピュア・マインドフルネス(仏教的ライフスタイルとしてのマインドフルネス)、そしてもう1つは臨床マインドフルネス(マインドフルネスセラピー)であり、そしてそれは「新世代」認知行動療法と、一般セラピーへの応用(ガイディド・マインドフルネス)に分かれるとのことでした。

 

 ピュア・マインドフルネスの考え方は、心身健康はあくまでも二義的であり、「もし身体が自分のものであるならば、自分の思い通りになるはずでしょう、それなら『老いるな』、『病を患うことを禁ずる』と言えば、事実そのとおりになるでしょうか?答えはノーです。身体は我々の言うことなど少しも聞いてはくれません。我々は単にこの『すみか』を借りているだけに過ぎず、所有していないのです。

これを誤って自分のものだと思いこみ、このすみかとともにいずれは別れねばならないと考えるから苦しむのです。永遠の自己、しがみつくことのできる不変で安定したものなど一切存在しないのが事実です」とのタイの森林派僧侶として高名なAjahn Chah(アチャン・チャー)氏のお言葉を引用されてご説明されていました。

 

 また、臨床マインドフルネスは、心身治療もしくは健康増進・維持を目的としたマインドフルネスであり、気づき(awareness)、「今、ここ」(here-and-now)、あるがままの受容(acceptance)、慈悲(loving-kindness)を主とするため、(無我治療)の違いがあるとのことでした。

 

 大谷先生は、ピュア・マインドフルネスと臨床マインドフルネスはどちらが良いとのことではなく、両立が可能かを考えておられました。

 しかしながら、アメリカではマクマインドフルネスと名称がつくくらいファースドフード化しており、マインドフルネスと銘打ったビジネス化が盛んになり、ついにはメディテーション/マインドフルネス産業は2015年に約10億ドル(約1120億円)にも膨れ上がっているそうです。そのことが、仏教の概念を度外視にして展開されていることであり、源流を無視していることに嘆いておられました。

 

 

 マインドフルネスの流行において生まれた問題について、殆ど知識のなかった私にはそれがどのようなものか理解しやすい講演でした。

 

 そして“禅”は、人間が生きる上で大切な考えや作法であることで、関係者の方々は広く認知が高まることを願ってはいるものの、現代社会において物事が広まることは経済が深く関係してくること、そしてそもそもアジア人と欧米人では求めることが違うため“最も大切な考え”が伝わりにくいというのは悲しいことだな、と感じました。

 アメリカのみならず日本でもマインドフルネス産業において、マインドフルネス石鹸や、マインドフルネスフードなどが市場に蔓延していることを聞くと、禅から派生したといわれるマインドフルネスではあるけれど、米国スタイルの臨床マインドフルネスを通して禅は何かとの展開はして欲しくないな、なんて心情が沸き立った講演でもありました。