はじめまして
最初の投稿です。がくらんです。このブログでは日々の生活で疑問に思った哲学や、自分の頭で辿り着いた正解について問題提起をしていってもっと合理的な世界になることを目指しています。しばらくはCOVID-19関連の記事になると思います。初回は私のCOVID-19との付き合い方の変遷について触れつつ、ピップアップすべきポイントについては別途記事にして深掘りしようと思います。2019年 武漢で未知の新型肺炎発生。 「どうせ衛生環境が悪いからその地域だけで悪い疫病が流行ってるんだろうなー」と対岸の火事感覚 2020年1月 武漢が閉鎖されている風景をニュース(テレビ)で見て、大惨事だと考える。 取り残された人たちはいずれゾンビ映画のように、肺炎でなくなっていくのだろうというイメージを抱く ダイヤモンドプリンセス寄港 船員の大半が感染し(新型)肺炎を患っているとイメージ。同時に死亡者の発生について「年寄りが肺炎で亡くなるのは当たり前だろ」という考えを持つ 2月 WHOにより新型コロナウイルス感染症がCOVID-19と命名される。 その日のうちに必死で呼び方を覚えて今日もその呼び名で呼んでいる。しかし企業などの文書以外で、だれもCOVID-19と呼んでいる人に会ったことがない。 所属する団体にてイベント開催の是非が問われる 家族向けのイベントということで子供をターゲットにした体験型の催しも計画されていた。当初COVID-19について若者は体力があるが、年寄りだけでなく子供にとっては重篤になりかねないと考えた。特に体験型のイベントはリスクが高いので見直しを求める立場に回った。しかし主催者側は目玉イベントなので予定通りの遂行を求めてきた。それをきいて「企画にいちゃもんをつけているのではなく、有事で命がかかっているから慎重になっているのになんて会社だ」と失望をする 3月 2月にジムに入会したが、感染症の基本である「自分が知らないうちにウイルス保有していて無症状のまま他人にうつしかねない」というものを念頭に、ジムに通う高齢者の身を案じてジムへ行くのを自粛する。このとき数ヶ月で事態が好転することを期待しとくに休会などの措置はせず、会費は払ったままにすることで祈りの意味も込めた。 在宅勤務開始 SARS-CoV-2ウイルス根絶のために、一人でも多くの人が街からいなくなることで、「街に出ないほうがいいんだ」と実感し、その連鎖で人がいなくなることを期待し3週間は家から出なかった。決して自分がCOVID-19感染が怖いからではなく、人の姿を街から消したかったからである。 4月 1回目の緊急事態宣言 日々のニュースを見て早く収まらないかと気が休まらない日が続く。最初のうちは、のちのGoToのようなイベントが施行され、格安で旅行を楽しむことができるだろうと「その日」がくるのを楽しみにしていたが、3週間も過ぎた頃には体力・気力ともに落ち、もうこのままどうにでもなれという気分になる リモート飲み会 自分の価値観では国民全員が家から出ないことが正義と思っていると思い込んでいたので当然のようにこの時期できることはリモート飲み会だけだろうと思い企画を募ったりした。と同時にその時に予定があるなどということをきくとなぜそんな軽率な行動ができるのだろうかと疑問に思って仕方なかった。 5月 我慢のゴールデンウィーク まだCOVID-19終息(!=収束)を夢見て自粛を呼びかけていた。連休ということもありニュースでパチンコに出かけるものやサーフィンに出かけるものが取り沙汰されていた。それを見て人間のクズだというふうに思った。 6月 PCR検査への疑問を抱くようになる COVID-19感染の確認方法であるPCR検査について、発症していなくても無症状でもカウントされるということを知り、その仕組みを調べる。「この方法ではウイルスに体が侵されていなくても鼻の奥にウイルスの破片がついているだけでも感染者扱いじゃないか」というふうに検査をすればするほど感染者数は増えるのではないかという疑問を持つようになる まずは半年分書き留めてみました。次回は2020年の下半期の気持ちの変遷について書いていきます。こうしてみると最初の3ヶ月くらいは本当にコロナ脳のようにシビアに反応していましたね。声を大にして反省する場所があるならそうしたいですし、自分のこういった行動が少なからず自粛警察に拍車をかけたり、過剰対応を招いた要因の一つであるかもしれないと今でも後悔しています。