とりあえず、第一回目の記事は「遺伝学」関連の話をしてみようと思います。

生物学における盛大な誤解

XのポストやYouTubeなどを見ていると、遺伝学における誤解をよく見かけます。

皆さんも中学や高校で生物の授業を受けたことがあると思いますが、その時に出てくる「メンデル」という人をご存じでしょうか。
この人は、遺伝の法則についての基礎的な基盤知識を唱えたことで有名です。その名も、優性の法則と言います。

優性の法則

有名な話です。
エンドウマメの形を作る遺伝子型があります。
一つは「丸型」、もう一つは「しわ型です。

丸型の純系(「丸」遺伝子以外の遺伝子を持たない)としわ型の純系を掛け合わせると、すべて丸型のエンドウマメになる、という法則の理論を見出した人です。

 

この図のように、仮に丸型になる遺伝子を「A」、しわ型になる遺伝子を「a」とすると、次代に生まれてくる子たちは皆「Aa」となります。
優性の法則というのは、このAとaでは、Aの特徴が表に現れるという性質を指します。つまり、AaはAを含んでいるため、この子らはすべて丸型になるという法則です。

誤解の内容

ただ、この法則にはある一つの誤解が生じています。それが、ダーウィンの進化論に準ずる自然選択説の話と関係があります。
つまり、今の話でいうと、Aはaよりも「優れた」遺伝子だから、表に現れるのだ!という解釈。

こういった誤解をされている方が少なくないと思います。
はっきりと申し上げますが、「間違いです」

優性形質と劣性形質といったように、名前が原因でこんな誤解が生じてしまっている背景もあると思います。ですが、現在こういった問題から優性・劣性という呼び方は変更されており、顕性・潜性という呼称に変更されております(↓)。

顕性 - Wikipedia ja.wikipedia.org

そして、ついでに言えば「優性と劣性、どちらか片方の形質が必ず出てくる」という法則もこれまた間違いです。

不完全優性、共優性

先ほどの顕性のwikipediaのリンク先にもあるのですが、Aaの状態で片方のAのみが出てくるという現象以外の現象も起きます。

そのうちの一つが不完全優性(リンク先は不完全顕性)です。
Aaになったとき、Aとaのどちらが表に出るのかがあいまいな遺伝子が存在します。よく例に出てくるのはアサガオです。

ある種のアサガオには赤い花弁(R)と白い花弁(r)があるのですが、赤の純系(RR)と白の純系(rr)を掛け合わせると、優性の法則上ではすべて赤になるはずですね?
しかし、なぜかアサガオの場合はすべてピンクになります(濃淡にグラデーションはあるでしょうが)。これは、Rとrの間で遺伝子発現が100:0にならない(どちらか一方がのみの発現にならない)ために起こる現象です。つまり、Rrの遺伝子型のアサガオのそれぞれの遺伝子発現量が等量であるとすると、RRに比べてRが半分しかないので色が薄くなり、ピンクになるというわけですね。
この場合、そもそも優性の法則の例外となってしまいますね。

 

そして、共優性(共顕性)は「どちらも発現してしまう」というパターンの表現型です。血液型のAB型のヒトは、AもBも優性(顕性)側なのでAB型として発現するわけですね。AやBに対して劣性(潜性)であるO型はAやBの血液凝集素に対する抗体を持っていませんので、凝集しないという点も優性の「優れた」部分の証明にはならないですね。

ドミナントネガティブ

さて。
ここまでの話で、遺伝子発現には様々なパターンがあることを皆様には知っていただいたと思います。
ただ、こう思っていらっしゃる方もいるのではないでしょうか?

 

「でも、結局優性形質のほうが不利に働いていそうな例はなさそうだけど?」

 

さて、それはどうでしょうか。
そんな単純ではないかもしれませんよ?

実際、遺伝子発現の中には「優性形質が不利に働く例」というパターンがあります。それが、ドミナント(優性型)ネガティブ変異というものです。
さっきのAとaの遺伝子型の話で例えると、本来これは変異によるものなのでAAとaaを掛け合わせる、というよりも本来AAになるものがAaになってしまったといったほうが妥当でしょうか。
つまり、本来は正常に機能するはずの遺伝子(A)のみが存在するところが、機能阻害を起こす変異(a)になってしまったことで、正常な遺伝子と異常な遺伝子の両方を持つ個体(Aa)が出来上がってしまったという状態です。
そして、このドミナントネガティブが通常のAaと違う点はAが優性とならず、aが優性になり、結果として機能阻害を起こしてしまうという点です。つまり、優性の法則が生存に不利な方向に働いてしまう遺伝学的現象例の一つです。

こちらはドミナントネガティブ変異の例です。高IgE症候群という疾患ですが、興味のある方はのぞいてみてください。

https://immune-regulation.org/index.php?id=17

考察:教科書が与えてしまった大きな誤解

「生存に有利な遺伝子のみが生き残る」という盛大な誤解。

この原因は、教科書に載っている進化論のメインの根拠となる自然選択説、もっと平たく言うなら「優生学」でしょうか。このような思想が肥大化してしまった結果であると私は考えています。
教科書には実は、ダーウィンの進化論とは別に木村資生の中立説という異なる進化に対する概念が記述されています。

中立進化説 - Wikipedia ja.wikipedia.org

つまり、遺伝子変異や遺伝子の状態がどうなのか、それが生物の生存や生き残り合戦にどういった影響を与えるのかについては、無関係であるということなのです。ゆえに、中立。遺伝子の性質が何かしらの意味を持って生存に影響を与えるという事象は、生物学上立証されていません。

だからこそ、すべての遺伝子変異は偶然性によって得られたものであり、その偶然性が与える影響についてもランダムであるという考え方が自然選択説の「穴」を補っているのです。このような遺伝子変異のランダム性は遺伝的浮動と呼ばれています。
つまり、世迷言でも何でもなく立派な学説です。

そしてさらに嘆かわしいのが、この概念はすべて教科書に載っている概念なのです。

普通に学習していれば、知っていて当然の知識のはずのものなのです。

つまり、明らかに教科書は自然選択説の概念を優遇しすぎているということ。実際、中立説は専門の人間ならば知っている人はいますが、一般ではほぼ皆無です。対してダーウィンは名前を知っている人もいますし、進化論における中心人物としての認識を持つ一般人も少なくありませんよね?

それだけ、一般層における自然選択説の認識が常識であるという認知として定着してしまっていることの証左でもあります。