58フラン(何



親より先に死んじまうってのは、一番の親不孝だとどこかで聞いた事がある。

でもそれってどうだろうか?

たとえば自分の親がたまたま超長生きで、100歳超えてもピンピンしてたとしよう。

でもその子供は普通の寿命で、親より先に死んじまったとしよう。

それって親不孝だろうか?

でもまぁ、そんなケースは稀だ。

勿論中には病気や不慮の事故で親より先に死んじまう子供ってのも少なからず居る。

当然、中には「もっと生きていたい」と嘆きながら死んだ者も居るだろう。

それを親不孝だと言えるだろうか?

日本人ってのは、とかく死を悲しいものだと捉える傾向がある。

まぁ、自分だってそんな文化で生まれ育ったから例外じゃない。

俺だって人間だもの。

映画「世界の中心で愛を叫ぶ」や「クイール」を見てボロボロ泣いたさ。

でも、タイかどっかだったかな。

外国のある考え方にはこんなのがある。

「成人する前に死んだら可哀そうだと嘆こう。成人した後に死んだら“よく生きた!”と褒めて送り出してやろう」

まぁ、多分にかいつまんでいるがそういう考え方だ。

勿論そんな考えを持てと言ってるんじゃない。

ただもし、立ち直る為の一歩を探している誰かが、偶然にもこの俺のぼやきを見つけたのだとしたら。

そんな考え方もあるんだ。

悲しいモンは悲しくたって良いし恥ずかしい事でも何でもないんだ。

大切な誰かが死んで悲しいのは当たり前だ。

でも後悔すんな。

居なくなっちまったからって誰かを好きになった事を後悔するな。

一緒に過ごした時間が幸せだったのは嘘じゃないだろう?

泣いてたって良いからさ。

最後は「ありがとう」で終わってやれよ。



まぁ、そんなにピンポイントでこんな文章見つける奴なんか居ないだろうけどさ(笑
夜空の星が輝く夜に ふと無力感を感じないだろうか?

人間とは何とちっぽけで 無力で 情けない生き物なのだろうと

誰にだって経験があると思う

自分の無力さに泣いた事が

僕だってそうだ

僕の想いは いつも無力だった

だからいっぱい泣いた

泣き虫と言われるくらい泣いた

その度に家を飛び出し 星を眺めて元気を貰った

空の向こうの星は高くて 掴めそうな位近くに感じるほどに切なくて

決して手が届かないから もどかしくても嬉しくて

そんな時 ふと思う

人間とはなんてちっぽけな生き物なのだろうと

100年足らずで生まれ 育ち 老い 死んでゆく

決して届かない星を 何度も見上げて

それに気づいてしまった時 俯く事しか出来なかった僕は

それでも星を見ている事に気付いた

この大地もまた 宇宙から見たら多くの星々のひとつなのだ

天の星を掴む事は出来ないけれど

地上という名の星の鼓動を感じる事が出来る

何処か遠くの星で同じように空を見上げる者達が居たら

彼等は太陽に照らされて輝く地球に気づくだろうか?

地球を 手の届かない遠過ぎる星だと思うのだろうか?

僕等にとってもそれは同じ

遠くの星はやっぱり遠い

だけど 輝く星は届かない目標じゃない

手を伸ばせばいつもそこに

星の息吹は流れている
36フラン(何





最近、無性に昔のゲームがやりたくなってくる。

とはいっても、多分過去に自分がプレイしたゲームは知ってる人が少ないと思う。

たとえばSFC(スーパーファミコン)の

『レナス~古代機械の記憶~』

精霊使い(魔法使い)の主人公が1万年の間封印されていた禁断の古代兵器『ダル・グレン』を誤って動かしてしまったことから、世界的な災厄が幕を上げる。

スーパーファミコンというハードである以上グラフィックに関しては今のゲームより遥かに見劣りするが、その壁を補うに充分なストーリー。

世界崩壊の危機と、時を同じくして全土統一を目論む覇者の魔手が否応なく主人公を巻き込んでゆく。

そして旅の中で多くの人々と出会い、別れ、成長していく中で、主人公は己の出生の秘密を知る。

とまぁ、紹介的にはこんな感じ。

昔からの有名なRPGってやっぱり「ドラクエ」や「FF」、或いは「聖剣伝説」なんだけど、自分が人に勧めるとしたらこのゲームかな。

世界観が壮大過ぎず(壮大ではあるんだけど)、かつ感情移入し易い主人公の生い立ちなんか、結構好きです。

ゲームとして遊ぶなら、FF7の“クラウド”のようなクールでカッコイイキャラも好きなんだけどね。

物語として強く惹かれるのは、やっぱりそういったストーリーかな。




まぁ、やりたくなる昔のゲームとしてもういっこ挙げるのが、その“FF7”なんだけどね。

最初に発売された当時は中学生で、かなりの勢いでプレイしてクリアした筈なんだけど…

何故かその記憶が全くない。

同級生の間でも流行ってたから、そこそこ話もした筈なんだけどな…

というわけで、早速ゲーム屋で中古見つけてプレイ中。

今はバレットVSダイン(マリンのと~ちゃん)が終わった辺り。

とりあえず駆け足だったから、今日はゲーム進行ストップして、今後に備えてレベル上げかな…(何

それでは♪

休みの日、首都圏のカード屋を廻って、銀符律のカードを探してまいりました。

そんな探訪の中の、ある1件のお店での出来事。

外出前にネットでたまたまその店舗情報を知った私は、たまたま別の目的地に行く途中にその店がある事に気付き、少し時間をとって寄ってみる事に。

広くは無いもののリセやら何やら扱っているし、綺麗で雰囲気も悪くない店『だった』。

で、最早リセを扱ってる店では、道中恒例となった

「こちらは銀符律のシングルを扱ってますか?」

という質問に対する店員の回答が以下の通り。

「あれって同人みたいなもんっすよね?ウチは置いてないです」

まぁ、なんとなくそんな気はしてたので「そうですか」と立ち去ろうとした時、店員が尚も話し続けた。


「ってか、ウチそもそも東方系の商品は仕入れも買取もお断りしてますし、そういうゲームをやる人にはデュエルスペースも貸しません。イエローサブマリンさんは扱ってるみたいですけど、何かあるんじゃないっすかね?」

なかなか面白い回答である。
先ほど述べたとおり、私は「銀符律扱ってますか?」
としか聞いてない。

私が客として求めた情報はその在庫や取り扱いの有無であり、店の流通の情報でもなければ、買い取りやデュエルスペースの使用ルールでもない。
何より気になったのが、終始高圧的に喋る店員のその態度。
責任者なのかどうかは判らないが、彼はいつもあのようにお客に対して話すのだろうか?
くどういようだが私は探しているカードゲームについて聞いただけである。
何故彼が「そういったものを探している」というだけで私に対してあのように高圧的に話したのか理解できない。
過去にそういった事で客とトラブルでもあったのだろうか?
だとしても自分には関係ない事であり、そのように高圧的に話されなきゃならない言われも無い。
挙句に他店舗の名前を出して「何か裏でもあるんじゃないか」的な発言をしているのは流石に引いた。

まして、私は初めて来た人間である。
情報だってただそこにこういう店があるとチラッと見ただけである。
一見さんお断りという店も無くは無いのだろうが、それにしたって最初からこれでは良い印象などひとつも抱かない。

とはいえ、ひとっつも欲しくも無い情報を向こうが勝手に御託並べて偉そうにベラベラと喋っただけとはいえ、一応色々懇切丁寧(笑)に教えてくれたので、ちゃんと買い物はしてきた。

第一印象は最悪、また行きたいかと聞かれれば答えはNo。
同時に人に薦めたくも無い。

ただ、私はこの件について『何処の何という店か』は言いません。
冒頭の通り「とある店」としか言いません。
営業妨害をしたい訳じゃないからね。
それに、私がたまたまそういう印象を持ってしまったというだけで、実際あの店を好んで使っているお客さんも居るのだろうし、そういう人はきっと良い店だと思ってるのだろう。
私はそれを悪いともおかしいとも思わない。

あと、ひとつだけ付け加えるなら、私が行った時店員は二人居て、片方の店員は上記のとおりお世辞にも好感を持てるとは言い難いが、もう一人の店員さんについては、普通と言うのも変だが、良い店員さんだった。
交わした言葉は少ないが、接客に対して真面目さが見て取れたように思う。
…片方が酷かった所為で余計にそう感じた、という訳ではないのだと思いたい。
実は、今年に入ってから妙に不運続きだったので正直精神的に参っていたのですが、今日、とても良い事がありました。

県外の友人が、1週間前の自分の誕生日を祝いに来てくれたのです。
しかも、わざわざ誕生日プレゼントを渡す為に、休日出勤だった自分が戻るのを待ってまで。

もうね、本当に嬉しかったんだ。

彼等だって明日仕事とかあるだろうに、もう夜の9時回る頃だってのに。

仕事疲れのフリして、泣かないようにするので精一杯だったんだ。

だってそうだろう?

今年は家族を除いては、今日までに自分の誕生日を祝ってくれたのはたった1人しか居なかったんだ。

てっきり忘れられてるだろうと思って、ハナから期待なんかしてなかったのにこれだ。

しかも、冒頭で述べたとおり不運続きですっかり気が滅入って居た所だったんだ。

嬉しくない訳がない。



本当にありがとう。

この所の不運続きがもし終わった時は、その時はまた、是非一緒に馬鹿騒ぎをしよう。

君たちのお陰で、世の中悪い事ばかりじゃないっていうのを、ちょっとだけ思い出せた気がする。