Moppi君のイタリア行きがほぼ確定しました。イタリア(海子作

おとといまでスイス行きで決まっていたのですが。。。

しかもMoppi君もうスイス入り済み。

本当に最近の私たちは運命に振り回されまくっている感もあります・・・・

本人はイタリア語のほうがフランス語をより学びやすい、

と喜んでおります。

まだいつからイタリア行きになるか分からないので

もしかするとドイツ滞在がもうちょっと延びるかもです。


私は仕事の面接があるのでイタリアに合流するか分からないのですが、

もしMoppi君の単身赴任になった場合、

出張が多い為、2匹を連れていけないかも、とのこと。

まだまだ考えなければいけないことが山積みです。(=´;ω;`=)

でもがんばります!
イタリア語を学ばないといけなくなるかも知れない勢いです。イタリア(海子作 ・・・・1

最近いろいろありすぎで何か自分の人生について行けてない自分がいます・・・・

でもダメだと思っていた仕事の面接のリスケジュールのハナシも出てきて方向的には上げ上げなのかな、ってそんな感じの今日この頃です。

ってか、フランス語なのか、イタリア語なのか。。。

どちらにしろドイツは脱出ですね。

タイトルにドイツと入っているこのブログも、ドイツ脱出したらやめ時なのかな。。。

それでは皆様今日も元気にがんばりましょ四つ葉

その日、時々ちくりとする痛みを感じることもあったものの、
これが流産の兆候なのか、子宮が大きくなるときの痛みなのか分かりませんでした。
でも、たいした痛みではなかったので、そのまま夜を迎えました。

生理痛の様な痛みで起きたのは夜中でした。
のどの渇きも感じたのでモピ君を起こさないようにキッチンに行き、
水を飲んでからトイレに行くと、
なんと出血が鮮血に変わっていました。

トイレに座ると、スーッと血が流れる感覚がして、
あ、やっぱりだめだったんだ、と分かりました。
でも、取り乱したりとかはなく
冷静でとても落ち着いた気分でした。

そのまましばらく座ったままでしたが、
痛みはしばらく続いては引いていく感じで
痛み強さも、普通の生理痛と同じ程度だったので
朝になったら病院へ行けばいいかなと思って
一度はベットに戻りました。

が、痛みはひどくなる一方で、
だんだん冷や汗はでてくるし、痛みで体は震えるし、
トイレによろよろになりながらいくと
生理2日目ほどの出血がありました。
私はいつも生理痛はひどい方で、
冷や汗の出ることもあるのですが、
この時はいつもにもましてひどく、
じっとしていられないので床をのたうちまわり、
声も出さずにはいられないほどでした。

やっとのことで寝室に戻ってモピ君を起こし
救急車を呼んでもらいました。
この時3時ぐらいで、痛み始めは12時半から1時くらいに始まったと思います。
電話口でモピ君が名前、住所を告げ、
妊娠していること、流産の危険があること、そして腹痛で苦しんでいることを伝えているようでした。

5分くらいで救急隊員が到着した時私は
右手にめがね、
左手でおなかを押さえつつ、
顔はベットにうずめ、
体は床に横たわり、
痛みにうめいていました。

隊員の方に名前、年齢、痛みはいつからあったか、
どんな痛みか、継続的な痛みか、など聞かれました。
あと2人の隊員が車椅子のような,担架のようなものを運んできて、
それに乗せられながら救急車へはこばれました。

1度は救急車に乗ってみたかった私ですが、
痛みでそれどころじゃない上に、
手に持っていためがねは隊員の方がモピ君に渡したので、
ぼやけて何も見えない状態でした。

救急車の中でお医者さんみたいな方に、
薬のアレルギーはあるか、
生年月日、身長、体重など聞かれ、
その後注射を2本打たれたと思います。
これで、すぐらくになるよ、
と言われていたので、
1本は痛み止めだったと思います。
もう一方は点滴で、出血と汗で失った水分を補給していたのだと思われます。
アレだけ痛かったのに、注射の後次第に痛みが緩んでいって、
診察室に着いたときはもうほとんど痛みは感じられませんでした。

急に、救急車まで呼んできてしまって申し訳ない気がしてきた程でした。
救急隊員の方はとても親切で、
ずーっと、もうすぐで着くからね、とか励ましてくださり、
病院について担当のお医者様が来てからも、
もう大丈夫だから、がんばってね、といわれました。
急な展開で戸惑っていた私はありがとう、と言うので精一杯でした。

隊員の方が去ると診察室には女医の先生(つかれてそう)、と私たちのみで
急に静かになりました。
先生は痛みはいつからか、妊娠何週目か、など聞き、
エコーで子宮の状態を見ると、
もう胎児は見えないこと、
すべてが出血で出てきたわけではないこと。
自然にすべて排出するのを待つことも出来るが、
感染したりすると今後の妊娠に影響があるかも知れないので
手術しましょう、との事でした。

簡単な手術の説明を受け、
伴うリスクの説明とそれを承知した上で手術に同意するか
署名をしました。
リスクはHIV感染など、恐ろしいものばかりでしたが、
手術は10分ぐらいで、可能性はゼロではないにしろリスクは低いとのこと。
びっくりする暇もないうちに、先生は
「ま、署名するしか選択はないので」
といわれました。
何もかも淡々とした先生のようでした。

その後、症状について説明し、
悲しいことだけど、良くあること、
染色体の異常で他にどうしようもなかったこと、
自分を責めないように、
そして、私の聞き間違えかも知れませんが
3分の1の確立で流産になる、とおっしゃいました。
【後でモピ君に確認してみると、モピ君は3分の2、っていっていた。。。この時点で朝の4時だったし、パニックもあって集中力に欠けていたのかも知れません)

その後採血。この分析で、どれくらい出血したか
【出血多量の場合は、輸血が必要になるみたいです)
また妊娠ホルモンのレベル(hG何とかというやつです)
を調べる、といってました。

余談ですが、ヨーロッパで採血される場合たいてい一回目は血が出ず、
2,3回注射される私です。やっぱりアジア人の血管は細くて難しいのかなと思います。

手術は後ほど、8時過ぎてから、
念のためOberarzt 【多分ボス、Gray´s Anatomyで水色の服きたお医者さんの事と思われます)の診断を待ってから、
とのこと。
出血はそれほどひどくないので、
看護婦さんに連れられ、
個室でした。

モピ君は一旦家に帰ってから又8時に来る、といって帰り、
看護婦さんは痛み止めが切れて痛みがひどくなったら
赤いボタンを押してくださいね、と言って出て行きました。
淡々とした女医さん以外、皆さんとても親切で感動しました。

びっくりですが、一気に力が抜け、
疲れがでたのか、
7時半に別の看護婦さんが血圧を測りにくるまで
眠りに着くことができました。

手術についてはまた次回書きますね。

ここまで読んでくださってありがとうございます。

同じような経験をする方がいなければいいと思いますが、

万が一のとき、何かの参考になれば幸いです。