----Ask,and it will be given to you; seek,and you will find; knock,and it will be opened to you.
For everyone who asks receives,and he who seeks finds,and to him who knocks it will be opened.
求めなさい (ルカ11・9~13、6・31,13.24)
求めなさい、そうすれば与えられる。捜しなさい、そうすれば見出す。叩きなさい、そうすれば開かれる。
すべて求める者は与えられ、捜す者は見出し、叩く者は開かれるからである。
----戦前は英語・英文学を学ぶ者たちは先輩諸氏から、まずスェイクスピアとバイブル(聖書)についてはよく勉強するようアドバイスを受けました。ただ、現在のような情報時代にはこのようなアドバイスは古くさいもののように思われます。しかし、英語学習の過程においてはこの古くさいアドバイスが顕在していると考えられ、言語活動の実際にあたっては、この「古くさいアドバイス」が大変有意義であると思われるます。バイブルにしぼってみてもその必要性を痛感するものであります。(英語オデッセイ P59)
英文学作品によく用いられる聖書の中の言葉は新約聖書の冒頭からだけでも
「東からきた博士たち」-wise men from the East
「山上の説教」-The Beatitudes
「地の塩、世の光」-the salt of the earth,the light of the world
「目には目を、歯には歯を」-an eye for an eye, a tooth for a tooth
「天に富を積みなさい」-store up for yourselves treasures in heaven
「だれでも2人の主人に仕えることはできない」-No one can serve two masters.
「明日のことまで思い悩むな」-So do not worry about tomorrow.
「求めなさい、そうすれば与えられる」-Ask,and it will be given you.
「狭い門から入りなさい」-Enter through th narrow gate.
「疲れた者、重荷を負う者は、誰でもわたしの元に来なさい」-Come to me,all you that are weary and are carrying heavy burdens.
これだけのものがあります。このような事例からも聖書と現在の文学的関係が相当深いものであるというのは容易に推測されると思います。
今英語を学んでいるという方は、機会があればこのような文学的・言語的遺産を提供してくれる聖書(英語と日本語の訳付き)を一度読んでみてはいかがでしょうか。(※私はクリスチャンではありません。)