レヴァークーゼン バイアレーナでマイクを握る日本人のブログ -9ページ目

レヴァークーゼン バイアレーナでマイクを握る日本人のブログ

ドイツ、レヴァークーゼンでの旅の記録

レヴァークーゼンの本拠地バイアレーナで
チャントの先導役をするまでを書いていきたいと思います。

レヴァークーゼンから車で少し行った所にあるSchloss Burgに行ってきた
ちなみにドイツ語でSchlossもBurgも城って意味なので城城になる

長谷部が元おったWolfsburgは ”狼城 ” 
なんかかっこいいけど

ここは城城なのである
いや見たら分かるよ。。

それとも小さい城なので建てた時に近隣の住民から家家ってバカにされたんかもしれんね
ほいじゃけえ建てた人もいやここ城じゃけえ。
分かりにくいんならもう一個城って書いとくわって思ったんかもしれんね
ちょっとダサいよね。。

まあ写真貼ります

レヴァークーゼン バイアレーナでマイクを握る日本人

$レヴァークーゼン バイアレーナでマイクを握る日本人

$レヴァークーゼン バイアレーナでマイクを握る日本人

$レヴァークーゼン バイアレーナでマイクを握る日本人

$レヴァークーゼン バイアレーナでマイクを握る日本人

$レヴァークーゼン バイアレーナでマイクを握る日本人


$レヴァークーゼン バイアレーナでマイクを握る日本人


少し離れた所の鉄橋
$レヴァークーゼン バイアレーナでマイクを握る日本人
このスタジアム散歩の何日か前に
また別のKölner Stadt-Anzeigerってゆう新聞社からインタビューしたいと
お話をいただいていた

会ってみたら大学生みたいな若い男の子がインタビューしに来たんで
学生新聞かなんかか?と最初は思った
でこのスタジアム散歩に合わせてカメラマンの人がやって来て
写真を撮るからってゆうもんじゃけえ
えらい本格的だなって。。。(学生新聞じゃなかった)

普通に生活しとったらカメラマンに何枚も写真撮られることなんてないけえ
表情の作るのとか恥ずかしいけど
このカメラマンの乗せ方が上手すぎて危うくスタジアムの中で脱ぎそうだった
いやそんくらい撮影が楽しかった

この新聞社はKölner Stadtとゆう名前からして(ケルン、街って意味)
レヴァークーゼンの人が嫌いな隣街のケルンの新聞
それにデカデカと
レヴァークーゼンの記事で載ったもんじゃけえみんなにばり褒められた

俺的にはみんなの協力や話題にしてくれたりとかが無かったら
こんな風には絶対になってないんで感謝でいっぱいだったけど

そんなこと一つも気にせずミノ!スーパースター!って
変わらずはしゃいでくれるいい友達だなって
その時思った、まあこの後もっとそう思うのだけど
それはまた次の年のお話


レヴァークーゼン バイアレーナでマイクを握る日本人
スタジアムの中を案内したげるって誘われたんで行ってきた
案内してくれる職員の人と友達の3人だったので貸切みたいで楽しかった

まずはオフィスから
$レヴァークーゼン バイアレーナでマイクを握る日本人

DFBポカールのトロフィー
$レヴァークーゼン バイアレーナでマイクを握る日本人

UEFA CUPのトロフィー
$レヴァークーゼン バイアレーナでマイクを握る日本人

$レヴァークーゼン バイアレーナでマイクを握る日本人

今までの監督の顔入りの座布団いやクッションが順番に置いてあったので
もちろんクラウス・トップメラーさんに挨拶

01/02シーズンのあの超攻撃サッカーに魅了されたのは私だけじゃないはずです
ルシオが上がったまま帰ってこんけえ
ラメロウやノボトニーに怒られよったのが懐かしい
ゆうてまあノボトニーも怒ったくせにその後すぐ自分も上がって行くけど。。

$レヴァークーゼン バイアレーナでマイクを握る日本人

オフィス回りよる時お偉いさんホルツホイザーに会ったけど
色々この人の下す移籍の決断に思う所があったので握手はしなかった
まあ「おおあの日本人の人」って言われて悪い気はせんかったけど。。。

奥にフェラーがおるけど今会議しよるけえ会えんって言われた時が
一番残念だった、元代表監督と話す機会なんてそうないけえ

もし会ったら2002年のワールドカップの時
途中からツィーゲじゃなくボーデにスタメンを変えた理由を聞きたかった
私ツィーゲの大ファンなので
インタビューから何日か経った朝いつものようにFacebokを開くと
俺がBildに載っとるーって書き込みでいっぱいだった

ついに出たんじゃーと思って
もう何度も前を通ったことあるけど一度も入ったことない
地元Schlebuschの小さな本屋に新聞を買いに行くと
オーナーが「おおっあの日本人じゃ!ここにおったんか」って

ええ、どうも新聞に載ったって聞いたんで買いに来ました。

おおそうかほいじゃあここに5部あるけえ全部やるわ持って帰りんさい。

えっホントですか?悪いんでお金払いますよ

ええわい、まさかこの辺におるとは思わんかったけえの

ありがとうございますーじゃあまた来ますね
(後日お礼に日本の友達へのお土産用の車雑誌を沢山買った)

店を出るとオーナーも一緒に出てきて外のベンチに座っとる
常連のおじいさんに「今朝話しよった日本人が新聞買いに来たでー」
って説明したのに
おじいさん物忘れがひどくて 今朝?日本人?そんな話したかいの?

ってこっちはいやーどうもどうもって握手する準備しとったのに
こっちが恥ずかしかった

でもらった新聞を持ってSchlebuschの知り合いのお店を回る
見てみてー俺新聞載ったんよーって

でもアイスクリーム屋さんの夫婦もいつも行くご飯屋さんも
朝から年金でビール飲みよるお爺ちゃん達も
みんな知っとって新聞も集めてくれとるくらいだった

もう見たよ、いるかあ思うて家から新聞持って来たぞって
レヴァークーゼンってほんと素敵な街!


$レヴァークーゼン バイアレーナでマイクを握る日本人
担当記者のデスク周りは紫一色だった
サンフレチェか?と思うよりも先に
フィオレンティーナのエンブレムが目に入ってきた

実は私フィオレンティーナがとゆうよりも
VIVA CALCIOってゆう漫画が大好きだったので
少し興奮して話しかけた
$レヴァークーゼン バイアレーナでマイクを握る日本人


フィオレンティーナが好きなんですか?

そうなんだよ、君が何でレヴァークーゼンなの?
って聞かれるように俺もミランやユーベじゃなくて何でヴィオラ(フィオレンティーナ)なの?
ってよく言われるよ。。日本では有名かい?

うーんどうかな?
少し前だとルイコスタとかバティストゥータがおった時は
よく雑誌で見かけたけど。。

まあそうだよな。。

そっからこの漫画の話やルイコスタやバティの話
エフェンベルクやハインリッヒの事で盛り上がって

全然インタビューを始めんかったけえ
編集長もオリーも呆れとった。

当時世界最高のストッパーのユルゲンコーラーに挑んだり
一人でミランのゾーンプレス破ったりなかなか面白い漫画です。
勝手な想像で新聞社とはタバコの煙が蔓延した中で
締切がー締切がーってなっとるもんだと思っとったが

Bildのオフィスは白を基調とした清潔感のある所でイメージと違った
もっとカリカリやっとるもんだと思った。

担当記者と編集長と少し雑談しよったらカメラマンが到着したので
編集長がじゃあ写真撮って来てもらおうか、外で。
そのキースリンクから貰ったユニフォームと一緒に。

えっ!?外??編集長ここケルンですけど。。。?
俺やばくないですか?カメラマンと二人だし。。

大丈夫、大丈夫!まだ昼だし、ここら辺はそんなケルンのウルトラスはおらんし
ささっそこのエレベーターで下まで行って

一緒に来たオリーはレヴァークーゼンの昔の記事等に夢中で
声かけづらいし、しょうがない一人で行こう。。

ユニフォームを小さく丸めて胸に隠して早足で通りまで出る
ここらでいいんじゃないですかね?(人通りの少ない所)

いやいやもっと大通りまで出よう!(促すカメラマン)
よしじゃあここら辺りで、そのユニフォーム着てマフラー上に掲げてくれるかな。

殺す気か俺を。。
これはもう一発で撮影を終わらすしかない
素早く着替えて、マフラーを掲げる
さあ早く撮ってくれ!

何枚か撮るカメラマン
うーん表情が硬いねーもっと自然に笑えるかなー?

当たり前じゃろ!!こんな緊張感の中で自然に笑えるか。

そんなこんなしよったら続々人が集まってきた
そりゃそうだ
自分達の街のライバルチームのユニフォームを着た奴が通りで写真撮影しよる
しかも日本人で目を輝かせながらマフラーまで掲げて(実際は死んだ目)

はっ!?なんでレヴァークーゼン?ここがどこか分かっとんか?
あーやだ色々聞こえる。。

さすがに空気を読んだカメラマンがOKを出したので
逃げるようにオフィスに戻った

なっ大丈夫だっただろう?と編集長
その自信満々の顔にこっちもええ。。まあ。。しか言えんかった

出来た記事がこれ
背景真っ白じゃん!部屋ん中でもよかったし。。

$レヴァークーゼン バイアレーナでマイクを握る日本人

俺まさかのラウールの隣である
ロイスもラームも同じ見開きに。アルナウトビッチやフェラーも
なかなか無いよねこんな事。
ブンデスリーガをご覧の皆さんはよく記事で見てであろう
今日はBildの採点で内田は2でしたとか清武も2でしたとかのBild
何回も言うが。。そのBild

まあBildはヨーロッパ最大の発行部数を誇るので
土地土地で違う例えばBild Hamburg(ハンブルク)とかFrankfurt(フランクフルト)とか
で今回はBild Köln(ケルン)に取材を申し込まれたのである

それで、えっそもそも何で俺なん?って聞いたら

最初は地元ファンやウルトラスが集まるC-ブロックに日本の旗がある??
ってなって、そしたら試合後にキースリンクがユニフォーム持って来て
なんだなんだ??ってなって記者の人がレヴァークーゼンの人に聞き込みしたら

友達らが色々俺の面白失敗エピソードやら
話を盛ってくれたり

普通ドイツに来たらミュンヘン、ベルリン、ハンブルクや当時だったらドルトムント
とかに行くのに何にもないレヴァークーゼンに1ヶ月も滞在するのをばり不思議がって
去年からの流れをみんなが話してくれたので取材してみようってなったらしい。

ありがたいよね、
俺以上に喜んでくれとったけえ嬉しかったのを覚えとる

取材当日オリーの車に乗って隣街のケルンへ

おしゃれなレコードショップやああここは夜になったらクラブだな
何のジャンルの所何じゃろう?とか都会の町並みを車の中から楽しんどると

ついに到着したBild ケルン支社に。









ある日友達のオリーが
ファンタジアランドに連れてってあげるよって誘ってくれたので
連れてってもらった

生まれてから1度もいわゆる遊園地的なものに行った事がなかったので
オリーの子供達より正直ワクワクして
ジェットコースター乗って、アイスとかポテトとか買ってーとか
色々想像しとったが

初めて乗ったジェットコースターが
ここで一番怖いBlack Manbaってゆうのに乗ったもんじゃけえ
その後のどれも恐怖以外感じなかった。。

怖いジェットコースター、ゆっくり走るやつだけでええよ
もうジェットコースター無理。。
って言ったけど7歳の女の子にミノ bitte bitte(お願い お願い)って
手を引っ張られながら次から次へと連れて行かれるので断れなかった。。

オリーの11歳の子供(女の子)が手を話して楽しんどるところ
俺は安全ベルトにしがみつくので精一杯だった
情けない話である

そんな中、次のジェットコースターを待っとる時に
オリーの携帯が鳴ってなんか話し始めた
「ああミノおるよここに、分かった伝えとくわ」

何じゃろう?

電話を切るオリー
「Bildがミノの事取材したいんだって」

えっBildが俺を?
そうBildとはヨーロッパ最大の発行部数を誇る新聞なのである
まあ色々おかしな事を書くスポーツ新聞ではあるけど。

続く

ファンタジアランドの乗り物達




逆転勝ちや重要度の高い試合で勝つと選手達がCブロックまで来てハイタッチしたり
選手がメガホン持ってなんか叫んだりする

普通に勝った時は少し近くまで、引き分けた時は少し離れた所で拍手して帰る

負けた時は、、そうすぐ帰るのである。。

えーーーもう帰りよるじゃん!
焦る俺、なんとしてもユニを取ってあげたいウルトラス達が大声で呼びよったら
なんか言われるんじゃないかと思って選手達はもっと離れていった。

いやいや違ーうユニフォーム!(ドイツ語でTrikot トリコット)

続々帰って行く選手達、ああもうダメじゃって思い始めた時
キースリンクが俺達に気付いてくれたような気がした。

なので俺は日本の旗を指して、みんなはなんかドイツ語で呼びまくった
そしたらホントに気付いてくれたのである

この時はもう頭が真っ白だった
だってテレビで見とった選手が今俺に向かってユニフォームを持って来てくれよる

どんどん近づいてきて広告バナーを越えて
そして俺にユニフォームを渡してくれて
サムアップして帰って行く姿は完全にスーパースターだった。

バイアレーナでマイクを握る日本人


ありがとう、ありがとうってみんなにお礼を言い
後ろの席の人達にもらったぞーってやったり
写真撮ったりしばらく余韻に浸ってスタジアムを後にした


バイアレーナでマイクを握る日本人

もしこの時キースリンクが俺らに気付いてなかったら
この後起こるいろんな事も起こってなかったと思う

写真はいつものようにモアーさんのアルバムから
https://plus.google.com/photos/113623036515626516166/albums/5666759468980118129