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南北戦争の終結後、多くの地域社会で戦争終結の記念日又は戦没者を追悼する日と定められた。戦没将兵追悼記念日を早期に創設した街には、サウスカロライナ州チャールストン、ペンシルベニア州ボールズバーグ(Boalsburg)、バージニア州リッチモンド、イリノイ州カーボンデール、ミシシッピ州コロンバス、その他24の都市や町がある。これらの行事は、結局、北軍の死者を称えるデコレーション・デーと複数の南軍の戦没将兵追悼記念日前後に行われるようになった。

1865年、エール大学歴史学部のデイヴィッド・ブライト(David Blight)教授の提案にしたがって、初めての戦没将兵追悼記念日がチャールストンの歴史的な競技場で開放された奴隷によって祝われた。その場所は、収容中に亡くなった北軍兵士の共同墓地であっただけでなく、以前の南部連合政府の捕虜収容所であった。多くの解放された黒人と北軍兵士のパレードの後には、愛国心にあふれた歌声とピクニックが続いた。戦没将兵追悼記念日の公式な誕生地はニューヨーク州ウォータールーである。その村が誕生地とされるのは、その村が1866年5月5日に、そしてその後毎年その日を祝ったからであり、そしておそらくは著名なウォータールーの住民であるジョン・マレー(John Murray)将軍と、その日を毎年祝うように求め、イベントを全国に広げるように一役買ったジョン・A・ローガン将軍の友情がその成長の鍵となる要因だったからであろう。
ローガン将軍は、南軍が特別な日に自軍の死者を称える方法に感銘を受け、北軍にも同じような日が必要であると確信した。伝えられるところによると、ローガンは次のようにするのが最もふさわしいと語ったといわれる。古人は、特にギリシア人は、死者を、特に英雄を月桂樹と花の飾りで称えた。この地のすべての兵士の墓を飾るための日とするよう命令を出すつもりである。もしできるなら、その日を祝日としたい。
ローガンは、1866年4月29日、イリノイ州カーボンデールの墓地で行われた市を挙げての記念祝典の主講演者であった。おそらくその日を国民の祝日にするというアイデアが彼の頭に浮かんだのはこのイベントである。1868年5月5日退役軍人の団体、グランド・アーミー・オブ・ザ・リパブリック(Grand Army of the Republic)の長という立場で、ローガンは「デコレーション・デー」を全国的に祝うべきであるという声明を発表した。そして同じ年の5月30日に初めて祝われることとなった。その日が選ばれたのは、それが戦闘の記念日ではなかったからである。北軍兵士の墓はこの日を祝って飾られた。
多くのアメリカ連合国の州は、北軍に対して残っていた敵意のため、また、南部に暮らす北軍の復員軍人がきわめて少なかったためデコレーション・デーを祝うことを拒んだ。多くの南部諸州は戦没将兵追悼記念日をずっと認めなかったが、第一次世界大戦の多くの復員軍人は南部出身であったため第一次世界大戦以降認めるようになった。但し、南部諸州は、州によって日付は異なるが、引き続き連合国の戦没将兵追悼記念日が別にあった。注目すべき例外はコロンバスで、1866年のデコレーション・デーに墓に埋められた北軍及び南軍の犠牲者をともに追悼した。
「戦没将兵追悼記念日」という呼称は1882年に初めて用いられた。しかし、第二次世界大戦後になるまでずっと一般的にはならず、1967年まで連邦法では公式な呼称としては用いられなかった。
1968年6月28日ハッピー・マンデー追加法案(Uniform Holidays Bill)がアメリカ合衆国議会を通過し、週末を三連休にするために4つの祝日が従来の日から指定された月曜日に移された。この祝日とは、ジョージ・ワシントンの誕生日 (発展して大統領の日(Presidents' Day)となった)、コロンブス・デー、復員軍人の日(Veterans Day)、戦没将兵追悼記念日である。これにより戦没将兵追悼記念日はこれまでの5月30日から5月の最終月曜日に変わった。法律は、連邦レベルで1971年に施行された。若干の導入時の混乱と州レベルでの反発の後、全50州が数年内に施策を承認した。もっとも、復員軍人の日は結局元の日に戻ったが。皮肉なことではあるが、ほとんどの企業はもはやコロンバス・デーや復員軍人の日を休日とすることをやめており、大統領の日を営業日とする数も増えつつある。
戦没将兵追悼記念日は、南北戦争に起源を持つため、米国外では祝日ではない。フランス、ベルギーだけでなくイギリス連邦諸国も、戦争で亡くなった軍人にリメンバランス・デー(Remembrance Day)(11月11日)又はその前後に敬意を払う。リメンバランス・デーは第一次世界大戦に起源を持つ。米国ではその日を復員軍人の日 (旧休戦記念日(Armistice Day))とし、すべての復員軍人に、生死を問わず敬意を払う。アイルランドでは、ナショナル・デー・オブ・コメモレーション(National Day of Commemoration)(7月11日に最も近い日曜日)に、過去の戦争であるいは国際連合の従軍中に亡くなったすべてのアイルランドの人々を追悼する。日本では、8月15日が終戦の日とされ、全国戦没者追悼式が行われる。