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Mein Leben In Deutschland ーポジティブドイツ生活ー

2003年からのドイツ生活でいろいろ感じたこと、こんな人々、こんな雑貨、こんな食べ物、こんな建築、こんな街の様子、こんな旅行、こんな学生生活など・・・

          


           とってもとっても久しぶりのアメブロ><

          半年近くブログ書いていませんでした><

            schellen生きておりましたっ><v

                これからまったりと・・

          またブログを書いていければ・・と思っています




  ドレスデンで2泊して

  それから私達はマイセンMaisenへ行きました
   
マイセンはザクセン州ドレスデン地方マイセン郡の

   郡庁所在地です


   マイセン(地図14) といえば有名な陶磁器♪

   約300年前にヨーロッパで始めて生み出された硬質磁器

   一度行ってみたかった街のひとつでした


   街は駅から少し離れていて

   とてもこぢんまりとしているけれど味のある

   静かで歴史を感じる所


   日本の観光客団体はもちろん

   たくさんの観光客がこの小さな街に集まっていました


   〈右写真〉はマイセン工場入り口の壁にあった

   歴代~現代のマイセンのエンブレム


   中ではたくさんの陶磁器が販売されていて

   さらに貴重な陶磁器の数々が展示されていました


   順番に陶磁器が出来るまでの工程を

   見てまわれるようにもなっていました^^





 ドレスデンで一番みたかったゼンパー・オーパーSemper Oper


 東ドイツ時代はドレスデン国立歌劇場といわれていましたが

 今はザクセン州歌劇場です


 1838~41年にオペラ劇場として

 新古典主義の建築家ゴットフリート・ゼンパーの設計によって

 建てられました


 この劇場でヴァーグナーが指揮者を務めて

 オペラのタンホイザー」の初演を行った場所としても有名です


 火災や第2次世界大戦中のドレスデン爆撃、

 2002年の大洪水でも大きな被害を受けましたが

 いずれも復興されて再開されています^^


 人数制限+ガイド付きのみでの入場可能だったのですが

 ホールの装飾から何からとても豪華


 ここでオペラを見ることはできませんでしたが

 いつか必ず見てみたいと思っています^^





  9月に入試がせまっているにもかかわらず

  ワタシは8月に友達と旧東ドイツへ旅行へ行きましたw


  1日目はドレスデンDresden(地図15)

  ザクセン州州都 エルベ川沿いに位置する街です

  チェコとの国境近く30kmくらいにあります


  〈右写真〉はドレスデンを代表する建築物になっている

  ツヴィンガー宮殿Zwingerです


  1732年にフリードリヒ・アウグスト1世が居城として建てた

  後期バロック様式の宮殿で、とにかく大きくて広くて圧巻でした


  旧市街Altstadtと新市街Neustadtがあるのですが

  最初間違えて

  新市街を旧市街だと思い込んで電車を降りた私達w


  地図を見て進もうと思っても何かが違う・・・w


  やっと、ここは新市街なんだと分かって駅に戻りましたが

  駅の天井の装飾の綺麗さに感動して、

  間違えたけどよかったね!と言いあったのでした



 

  少し前に「大人の塗り絵」がハヤリましたね^^


  ワタシは新聞でその広告を見たのですが、

  見た途端その塗り絵をしたくてたまらなくなって

  さっそく挑戦しました


  脳の活性化などに効果があるため

  定年後の方たちやお年寄り用?なのかも知れませんが

  

  「大人」という文字がつくだけあって、

  ん~~ただの塗り絵ではない!ww


  その本には

  お花や果物など全12種類を塗りえ出来るようになっていて

  

  その12種類の絵は、有名な画家が描いた作品です

  それを見ながら色が塗れる様になっています


  左写真は、12種類の中で一番気に入ったもの

  1枚目の塗り絵から終わりの12枚目まで見てみると

  ずいぶん始めのほうはヘタだなぁ・・・と思ったのでした




Bonnで生活しながら 

もうすぐドイツへ来て2年・・・というときになっても


なかなか教授は見つからず

学校の名簿を見ては 教授に電話をして会いに行って、演奏して・・

ということをつづけていました


この教授と連絡を取って前で演奏することを

フォアシュピールVorspiel というのですが

これがまた、一回終わればすぐに違う教授へ!!

という気になれないくらい グッタリ疲れてしまうものなのです


なので、どれだけがんばっても2週間に1回しか出来なかった私は

もう2005年6月に差し掛かっていました


なかなか見つからないことに疲れていて

最後にワタシは ダメもとでフランクフルトへ出かけていきました


そうしたらなぜか あっさりと 教授が見つかったのです

決まるときっていうのは 案外アッサリしているものだなぁと

拍子抜けしました


そして

その日から1週間に一回ボンからフランクフルトへ通う日々が

始まって、本格的に受験準備に取り掛かったのです^^





06.06.2005

 

  ドイツでもうひとつ好きな紅茶屋さん
  ブレーメンの紅茶やさん

  ここの紅茶のパックなどのデザインは全てこの紺色
  統一されています

  今は緑茶ブームも手伝って
  たくさんの緑茶も売り出されています

  このお店にも 紅茶グッズがあります
  (写真右はこのお店のグッズではないです;)
  これもまた 紺色で模様が描かれていたりしてかっこいい

  紅茶に入れる砂糖アルコール類も
  種類が豊富で見ているだけでも楽しいです^^



   
   

  日本から帰って2週間後に

  すでにわたしは どこから意欲がわいてきたのか(笑

  次の受験の準備へと取り掛かっていました


  教授探しに

  ボンからそう遠くもないヴッパータールWuppertal へ・・・

   ヴッパータールは ライン川の支流、

  ヴッパー川沿いにある工業都市です

  

 かなり乗り気でないのですが、珍しいものなので写真のせてみます



 ヴッパータールのモノレールschwebebahn

 世界最古です

 1901年に開通し、区間距離は約14km、


 全線の90%以上がヴッパー川の上を走ります

 ・・これが、私にとって気持ち悪いものなのです(ごめんなさい)

 何も川の上を走らなくても・・


 テーマパークのアトラクションの様に 来て"キーッ"と止まり、

 どっぷんどっぷん波川の上を走り、

 (右写真参照)が来ると、

 "キーッ"と止まり、その後ドアが開いて

 まだ ゆ~らゆら 車両が揺れている・・


 車両とホームの隙間からはヴッパー川が下のほうに見える・・

 ・・・怖い・・!

 ドイツ人がいくら好きだろうが、珍しいものだろうが・・・


 昼間でも怖かったのに、夜になったらどうするんだ!

 と一人怒る私・・・


 教授に会いに行きましたが

 「この音大は受けない!」と心に誓ったのでした・・




 

  わたしが住んでいた家から徒歩1~2分の所に

  作曲家ロベルト・シューマンRobert Schumanが晩年を過ごした

シューマンハウスがあります


  ここにはたくさんの楽譜があり、

  借りることができるようになっています


  ボンにはベートーベンの生家がある様に

  このシューマンハウスも生家かと思ったのですが

  どうやら精神病院だったようです


  2月下旬に→「バラの日」 という

  仮装パレードをする日がありますが  

  青年期からの梅毒の病に苦しんだシューマンが


  その日にボンのライン川に投身自殺を図って

  この精神病院に入院しその2年後に回復せず亡くなりました


  その日が仮装パレードの日だったために

  パジャマ姿で橋の欄干に立っていたシューマンを

  仮装の一つだと思ってみんな気づかなかったそうです


  作曲というすばらしい才能を持っていたからこそ

  人一倍悩みや苦しみが多かったのでしょうか・・・



  ++ロベルト・シューマンRobert Alexander Schumann++++++ 

  (1810.6.8-1856.7.29)

ツヴィッカウZwickau(旧東ドイツ、ザクセン州の街)生まれ

  作曲家・ピアニストでもあり、ロマン派音楽を代表する一人

  妻はピアニスト、クララ・シューマン

  ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ 




  2005年の

  4校3週間連続にわたる音大受験が不合格で終了しました;


  疲れがピークに達していた私は

  不注意から手にひどいやけどをしていまい

  1ヶ月ほど日本へ帰国しました


  そして、再び帰ってきて・・・10日後にはすぐに引越しww


  ボンの駅から西へバスで10分ほど行ったところにある

  エンデニヒEndenichというところにある

  ドイツ人夫婦の家の3Fへ居候させていただくことになりました


  ここへはゲーテで知り合った日本人のお友達が住んでいて

  彼女とシェア(台所・オフロなどを共同)生活になりました


  地下にはピアノが置いてあって

  ここでいつでもピアノもヴァイオリンも練習していいとのこと


  日本語に飢えていた私にとってちょっと顔を合わせたときに 

  日本語でおしゃべりをできるということは

  とっても助けになりました


  さらに近くに仲のいい友達が偶然住んでいたので、

  スーパーに一緒に買い物に行ったり

  一緒にゴハンをたべたり・・夜中までしゃべったり・・・


  今までの生活がガラリと変わりました

  ドイツ人夫婦にもとても親切にしていただいて

  今思い出しても 楽しかったなぁと思える時期です☆