一階にある温泉の手前にある足湯と同じ場所にあるハンモック。







これがハンモックに乗って見える景色。

ハンモック独特の揺れを体感して癒されました。
ハンモックがあると乗らずにいられません。
そういう方、案外多いのでは?
ふふふ。





これは二階のロビーの一画。
素敵だなぁと思いパシャリ。




でも、改めてこのハンモックの写真を見て、低い位置にある紐を直してから撮ればよかったなと思いました。



が、目で見た時はそんなこと全く感じていませんでした。



目で見るのと、写真で撮って見るって全然違うよなぁと改めて思います。



息をのむような景色を見た時に、あ、そうだこの景色を残しておきたいと思ってカメラやスマホのフレームに収めようとした瞬間に、
う、無理だ到底この素晴らしさは撮れない。
普段は意識しないけど、肉眼の機能って本当に凄いなぁ。
そんな風に毎回毎回思います。



その反面、写真は今回のように事実を写し取る機能というのか、残酷なまでにフレーム内のものを丸ごと明らかにする力は写真にしかないですよね。



ん?
そうじゃないのか?
いや、そうなんだけど、
写真のように全てを公平にというか、全てに気を配っていては普通に生活出来なくなるから、その時その時注意を向ける先が変わり続けるのは当たり前だし人間らしい機能ですよね。




まあ、でも今回のハンモックの紐のことで、掃除して片付けたいのに、片付けはじめられない時はどうしたらいいか?
教えてもらったことを思い出しました。

分かりますか?

この流れだから簡単だと思いますが、
そうなんです、片付けたい部屋をパチリと写真で撮る。
そして、それを見る。
です。




これ実際にやってみると、結構強烈なんですよね。


普段如何に日常を当たり前として無意識に生きているかに気がつかせられるから。



芸能人のブログに対して、部屋が汚いとかコメントしてるのをたまたま見たことがあるのですが(芸能人ブログはAmeba側のチェックが入り、批判したいだけのコメントは載らないし、間違って載っても削除されるので、そのコメントも単に文句を誰かにぶつけたいだけの内容だったので後で削除されたはず)私から見れば全然汚れていなくて、いつも綺麗にしていて凄いなぁと思って見ているブログだったので、そのコメントにびっくりしたんですよね。



で、その時思いました。
そのコメント書いてる人が、自分の今居る部屋を写真で撮ったら多分自分で思ってるよりもずっとずっと汚なくて、驚いてひっくり返るだろうなって。


ふふっ。



部屋を写真で撮って結構きれいって、本当は凄いことだと思うよ。
それに、きっとそういうことを書かずにいられない人は自分に厳しくて責めがちだったりするから、
無理せず、自分を責めず、他人のためにじゃなく、自分のために時間を使ってあげて、心のゴミを一つずつ捨てて身軽になって行って、
って、
あれ?
一体何の話しをしてるんだか。

失礼しました。


私も久しぶりに自分の部屋をパチリしてみましょう。