「ローマの休日」と「夕鶴」のヒロインの距離感について考えてみました。
「ローマの休日」では、アン王女とジョーは、あるところからは深入りしていません。最初、アーニャと名乗る女性が王女だと気付いた時には新聞記者のジョーはスクープ記事にして儲けようとします。アン王女がタバコを吸ったり、連れ戻しにきた人物をフライパンで叩いて抵抗する姿の写真を、仲間のアービングが撮ります。
けれど、最終的には、その写真は楽しかった思い出の品としてアン王女にアービングから手渡されます。
王女は周りから教えられた通りに公務をこなしているところから、自分らしく公務を行う王女に成長します。
「夕鶴」では、鶴が罠に掛かったところを助けてくれた与ひょうの元に、人間の女性に変身して現れ、お礼に自分の鶴の羽を折り込んだ、美しい千羽織を手渡します。
この時点で与ひょうと、つうが別れていたとすれば。
布を織る前に(鶴の姿に戻っている為)、布を織っている姿を覗かない、という約束を、つうと与ひょうは交わします。人によっては、ここで約束を破っていたかもしれません。けれど与ひょうは、約束を守りました。
そして、千羽織を渡された際に、差し障りのないところまで、千羽織の織り方等、与ひょうがつうから教えてもらっていれば。布は更に高値で売れたかもしれません。もし、高値にならなくても、更に価値をつけて布を売れたかもしれません。
つうにとっては、人間界のビジネスに少し、触れられて勉強となったかもしれません。
あるいは、与ひょうは、つうに、これ以上、千羽織を織る事は期待せず、時折、部屋の片隅に鶴の羽が落ちていたとしても、そんな小さな事は気にしないで、楽しく、つうと暮らしていく。
正体不明のヒロインと幸せになれる、ちょうど良い距離感を考えてみました。