前回までの話

 ドラフティングの大雑把な理屈について書きましたが、それをどうにかするのは
ドライバーであり、スーパースピードウェイではまさしくそれこそが

『ドライビングテクニック』と言えます。


 スーパースピードウェイの大前提は、一人では走らないことです。
一人で走ったら集団の速度には絶対に勝てないのでただただ離されていきます。
 必然的にレースは隊列を組んでの集団走行になります。一時期、

リーディングドラフトを活用して2台1セットで走るのが速いことから、

2台ずつの単発ロケットみたいなのがバラバラにレースする『タンデムドラフト』

と呼ばれる状態でのレースになってしまった時期がありましたが、

ドライバー同士の無線での会話の禁止や冷却系に入れる空気を絞るなどして

なんとか廃絶させました。見た目がダサすぎましたw


 レースのスタートは2列の隊列なので、基本はその2列で走ることになります。

2列並走状態を『ツーワイド』とか『ダブル ファイル』と呼びます。

前の車を押したり、逆に押されたりしながら高い速度を維持します。


 でも、ただ後ろにいたらそのままレースが終わってしまうので、
やっぱり抜かないといけません。
 そうして横に出て、とりあえず前の車に並んだ時、抜き切れなかったらどうなるか。
前回も書きましたが、そのうち失速して、自分がもといた場所はもう車間距離が
詰められているので、隊列に空きができるまで、最悪最後方まで順位を失います。
日本の放送では俗に「外される」とか言います。
 が、もし横に出たときに、「あ、じゃあ俺も続く!」とばかりに後ろに車が続いて、
押したりしてくれたらどうでしょう。自分はその隊列を率いることになり、
2列が3列になったり、あるいはそれが連鎖して逆に抜かれた側の後ろに人がいなくなれば
逆に前にいたはずの人が外されて形成は逆転します。
 
 もちろん前を走る人も黙ってみているわけではないので、そうした動きを見て
「あ、あっちに乗る替えた方が得だ!」とばかりに、その猛追してくるラインの
前に進路変更して自分が押してもらう立場になることもあります。
こうした動きはレース終盤、ここぞの場面が近づいてくるにつれて活発になり、
逆にそうでない序盤~中盤は無理しても危ないだけなので動きが少なく、これが見た目
スーパースピードウェイが退屈に見えてしまう最大の要因になります。


 とはいえ、動きがないから楽かというとそうではなく、高速走行する車が連なって
複雑になった気流、1500㎏以上もある鉄の塊だからガンガン減っていくタイヤ、
そもそもあるのかないのか分からない程度のダウンフォース、といった条件のせいで、

特にターンでは単独走行のように楽~に扱えはしません。とりわけ、並走する車との

距離感がちょっと変わると、リアのダウンフォースが変わるのでいきなり変な動きに

なりがちですし、バンクの高いターン部分からフラットなストレッチ部分に

切り替わる部分は一瞬荷重が抜けるので、タイヤが摩耗してくると姿勢を乱す
原因になります。
 昨年のデイトナ500でもこんな場面がありました。

サイド ドラフトを仕掛けようとちょろちょろ動いたジュニアさんでしたが、
ターンの出口でいきなりリアの荷重が抜けてスピン状態になり、成す術なく
壁に当たりました。誰とも接触せずいきなりスピンです。
この前にはチェイス エリオットも同じようにスピンしていました。

神経を集中させておかないと、カウンターを当ててどうにかなることは少なく、

そして回ってしまえば高速で壁に当たるか、後ろにいる人を巻き込んで

最悪多重クラッシュです。


 また、他のレースでもそうですが、車の冷却系というのは必要以上にダクトを開けると
抵抗になるのでギリギリの大きさしか確保していないため、設定が悪かったり何か少し
不具合があるとオーバーヒートを起こすこともあります。



 そうした環境でもう1つ大事なのがスポッターの存在。スポッターはコースを
見渡せる高い場所から双眼鏡でレースを俯瞰し、ドライバーに対し状況を伝える
仕事をする人です。
 そもそもNASCARはミラーなんてほとんど見えたもんじゃないぐらい
後方視界が悪いんですが、特にスーパースピードウェイは位置取りが極めて大事なので
情報量も極めて多く、ドライバーの前後に誰がいるか、どう動いているか、

そして動きがあった時にはどっちに動くのか、スポッターによっては

いつ息継ぎしてるんだというぐらい喋りっぱなし。
 当然ドライバーはそれを聞きながら脳内で状況を理解しなければなりません。
先頭を走っていると結構頻繁にフロントにゴミがへばりついて取れなくなり、
他人の後ろに付いて飛ばす以外に手段が無くなることがありますが、
こういう時もスポッターの情報は大事ですし、クラッシュが起きたとき、どちらに
避けるかも基本的にはスポッターの指示が命です。


 じゃあそもそもいつ動くとか誰の後ろについて誰なら付かないとかどうやって
決めるんだというと、もちろんその時の状況次第ではあるものの、基本的には
『上手い人』に続きます。上手い人は速い、速い人の後ろに行けば自分も速くなる、
速くなる人にはさらにみんな付いてくるからさらに速く・・・ということで

上手い人には人が付きやすくなります。リーディングドラフトは台数が

多いほどより効果が出るようなので、こうして台数が増えるとその列が速くなります。
場合によってはみんな集まって1列になってしまいます。

1列なので『シングルファイル』と言います。一旦こうなると、レースは

膠着すると思えば良いです。何せ外された時のリスクが大きすぎて容易には
動けないのです。


 何せ仲間づくりが大事ですから、チームメイト同士で組めるならもちろん
組みたいところですが、いつもそうとは限らないので、やはりその時の利害関係も含めて
位置取りが決まったりします。チャンピオンを争うからあいつには勝たせたくないけど、
最悪こいつなら勝たれても影響が無いからこっちで、みたいなこともあります。
 冗談抜きにドライバーの人望というのも大事で、やっぱりあちこちで軋轢を作って
嫌われてるドライバー、勝ちまくってるドライバーというのは、ここぞという

タイミングで外されてしまうことが確かにあります。ジョンソンは結構やられてますねw

経験の浅いドライバーも何やらかすか分からないので避けられます。


 理想は、最終周のバックストレッチでドラフティングから抜けて一気にリーダーになり、
そのままターン3~4を抜けて、フロントストレッチで再逆転される前に
チェッカーを受けれればいいわけですが、同じことを考えてる人しかいないわけで、
実際には、2位以下が場所取りでもめてる隙にリーダーがそのまま逃げることもあれば、
真ん中あたりからすんごい勢いで間に割って入った人が逆転することも。

せっかくフロントストレッチまで来たのに、サイドドラフトで最後のひと伸びを

奪われて抜かれるかもしれませんし、仕掛ける前にコーションが出てそこで
終わってしまうかもしれません。
グランツーリスモみたいに、最後にスリップから出たら終わる、とは
絶対に行かないのです。
 確かに運は必要、でもそれを手繰り寄せるためには多くのテクニックが必要で、

しかもそのテクニックには、目に見えない空気という存在と、不安定な挙動の車と、

チェスのような頭脳戦の全てを支配下に置かないといけません。

 そしてその状態で、時に3列で並走し、G+解説者の福山英雄がよく使う言葉ですが、

都心の渋滞、あるいは縦列駐車のような車間距離で、前後左右当てずにびっしり
詰まったまま200mph近い速度で走り続けるというのは信じられないことです。