前回の話 デイトナ500の楽しみ方 基礎編
走行抵抗で自力では速度が頭打ちになって単独ではそれ以上何もできない
プレートレース。じゃあどうしたらそこから+αの速度が得られるかというと、
簡単に分けるとこの2つ
・他人の後ろで抵抗を減らして引っ張ってもらう
・他人に押してもらう
そこで出てくる単語が『ドラフティング』です。ドラフティングは
日欧ではスリップストリームと呼ばれるもので、モータースポーツを見ている人なら
大体ご存じでしょうが、大雑把に言うと、高速走行する車は空気の壁に穴をあけて
走っているようなものなので、その背後に付いたら先行者が風よけになって
空気抵抗が減ったり、あるいは空気を跳ね上げて走っていることで車の背後の
圧力が下がるため、後続車がそこに引っ張り込まれ、いずれも後続車の速度が
向上する現象です。空気抵抗は速度の二乗に比例するため、高速走行であればあるほど
効きが強まります。
ただ、NASCARにおいては、『ドラフト』という表現に、単にこの
『後ろにいる車が速くなる』という現象以外だけでなく、広義的には
空気の流れによって起こるいくつかの作用やそれを利用した技術を表すことがあります。
一旦速度が乗ってしまえば、常時190mph超で走行する疑似直線レースでは、
この『空気の流れによって起こる現象』というのが極めて重要になります。
既に書いたように、ドラフティングの基本は相手の後ろについて後ろの人が
速くなる現象です。190mph近辺で加速しなくなっても、前に誰かがいると、
抵抗が減ってスーッと速度が伸びていき、200mphに向けてさらなる速度を
得ることができます。ですから当然、誰もが誰かの後ろを走りたいと思い、
その結果列を成していきます。
でも、加速していくと、列の先頭の人は頭打ちをしていますから、いずれ
追いついてしまい、そこでアクセルを抜いたらそれ以降先頭の人の速度以上には
加速することができません。
「いや、抜けよ」と思うでしょうが、抜く=横に出る=前に人がいなくなるので、
抜きに出た瞬間自分にすごい抵抗が来て、すぐに車速は落ちていきます。
落ち切る前に隊列の前に出れればいいですが、出ないと、後ろにも人がいるわけですから、
自分の空いた場所にみんな1個ずつ順位を詰めていって、自分は抵抗で
速度が落ちて、戻る場所は無くなっているのでそのまま列が通り過ぎるまで
順位を落とし続けることになります。
そこでどうするかといえば、ドラフティングで追いついていった勢いで、
軽く前の人をごつんと押してやります。押された側は運動エネルギーをもらって
いくらか速度が上がります。
他方、ぶつけた側は一瞬減速しますが、前が加速して開いた距離は
ドラフティングですぐにまた追いつくので、結局お互いに速く走れます。
これを『バンプドラフト』と呼び、プレート レースの基本的な技術の
1つとなっています。押してほしい人と引っ張ってほし人の利害が一致しているわけです。
そしてもう1つ重要なことは、実は、ドラフティングでは後続車だけではなく
先行車も抵抗が減ることがある、ということです。
空気抵抗というのは前から来た風を車体でせき止めることで発生するという
イメージですが、それ以外にも、車体の後方で発生する乱気流、空気の渦もあります。
空気の流れというのは極めて複雑で、厳密にシミュレートしようとすると、
空間を際限なく細かい大きさに分割したうえで、そこで起こる流れを1つずつ、
これまた際限なく細かい時間軸に切り刻んで行い、世界最高レベルの
スーパーコンピューターでも膨大な時間を要するようなぐらい複雑だそうですが、
簡単に言うと、車でも鉄道でもそうですが、綺麗に流れてきた空気を切り裂いて
後方に跳ね飛ばすと、その背後で渦が発生、この渦は、もちろんこの部分が
負圧であるということもありますが、言うなれば後ろから何かが引っ張って
いるかのように抵抗として物体が進むのを阻んできます。
F1でもGT500でもそうですが、ダウンフォースと抵抗は片方を増やすともう一方も
増える存在で、この抵抗の部分というのは、単にウイングを立てるというような
前からの抵抗だけではなく、後方の渦も関係しています。故に空力開発は、
いかにダウンフォースを稼ぎつつ、渦ができにくいように空気を流すか、ということが
大事にされます。
世の中では『プラズマアクチュエーター』という、電気的な力で
翼断面から発生するカルマン渦を打消し抵抗を減らすという画期的な
部品の開発が進められているそうですが。
NASCARに話を戻しましょう。
ここも渦が走行の邪魔なわけですが、ところが、背後に別の車が接近してかなり
近い距離になってくると、車体の後方に発生していた渦が減少して綺麗に空気が
流れるようになり、なんと前走車の文字通り足を引っ張っていたものが無くなるので
前走車が速くなれるのです。
こういった現象を『リーディングドラフト』と呼びます。バンプ ドラフトと
一緒にされがちですが、バンプが物理的にゴツンと押すことによる
運動エネルギーの移譲であるのに対し、リーディングは純粋に空気の流れの
改善によって速度が向上するのが大きな違いです。
実は、「ドラフティング効果は台数が多いほどよく効きますからね~」
なんて解説の言葉におけるドラフティングとは、どちらかといえばこれを
指していることになるかと思います。
ただし、空気の流れが綺麗になるとリアスポイラーの機能が低下してしまうので、
この状態ではリアのダウンフォースも低下してしまいます。
元々ちょろっと、申し訳程度に、市販車と同程度じゃね?な小さなスポイラーしか
付いていないので、元々の数字がしれているとはいえ、ちょっとしたことで
不安定になります。
ものすごく大雑把なイメージを描いてみましたw
※実際の現象は極めて複雑です

単独だと車は渦を引きずって抵抗になっている

まるで2台で1台の車のように綺麗に上を空気が通過
前を走る車の足かせが消えてしまう
F1で一時期取り入れられた『Fダクト』も発想はこれに似ているそうで、
Fダクトはウイングに対して任意でちょろっと別の風を吹き付けることで
空気の流れをいじってウイングの機能を低下させ、渦を減らして抵抗を減らすような
からくりでした。そのためにドライバーは直線で片手運転してたわけですが。
そしてさらにもう1つ、最近よく名前が出てくるのが『サイドドラフト』
これは名前の通り横での空気の流れによる現象です。
空気の流れは当然、車体の前から横へとかき分けられて、側面を通って
後方へ抜けていく流れもあります。
サイドドラフトはこの流れを利用して、主に『相手の車を遅くする』目的で使われます。
相手に対して斜め後ろから接近すると、相手の車の側面後方付近の空気の
流れが押し曲げられ、側面からスポイラーへと流れ込みます。そうすると
やられた側の車はスポイラーに当たる風は増えるわ、後方の渦は増えるわで
抵抗が増えてしまい、速度が鈍ってしまうのです。
レースをよくみていると、サイドバイ サイドか一旦抜かれた車がその後急に
盛り返して抜き返す場面を時々目にします。これは後ろの車が加速したのではなく、
まるでスポイラーを掴んで「おい待たんかいコラ」とせき止めたかのように
前を走る車の速度が鈍っている部分が大きいです。
もちろん、並走した際には互いの側面の気流同士がぶつかる形になるので、
うまく使うと、磁石の同じ極同士を近づけたように互いを突き放す力が働いて
勢いを得ることも起こるそうです。
ここでまた雑なイメージをw

上面の空気はスポイラーへ当たって跳ね上げられ、後方に渦ができる

斜め後ろから接近されたことで後方の気流が捻じ曲げられ、
本来スポイラーに当たらないはずの側面の流れまで
スポイラーに当たってしまい渦が大きくなる
こうした様々な空気の流れ、実際にはあらゆることが互いに常に変化し続けて
いる目に見えない流れを、ドライバーは常に把握し、利用し、レースを進めているのです。
車両の空力に対する努力ならF1に勝るものはないでしょうが、ドライバーが
空力を利用しながら走るとなると、スーパースピードウェイに
勝るものはそうはないでしょう。