始まりと終わりは常に一対の事象として存在している。そして常に、ソレの後に産出された意思や結果を引き継ぐ存在が居る。人間の一生で言えばソレは子孫であり、某社の製品であれば、ソレのデータを下に精製された二次的製品だ。――では、この世や宇宙といった、私達にとっての絶対的な存在の終焉の後、一体何がソレを引き継ぐと言うのだろう?
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世の中は常に変化し、ソレに釣られ私達人間の置かれる環境は日々流れている。人は時にその流れに乗ろうと躍起に成る事が在るが、その流れに乗れずその場に取り残される物や、其処に踏み止まろうと必死に成っている物が在る事を忘れてはならない。――何故なら、人の本質は常に其処に在るのだから。
「失敗」とは、その選択に成功して初めて、意味の有る行動と成る。選択に分別を付けず、只ひたすらに猛進する人間は、結局の所、「取り返しの付かない失敗」を知らない愚か者でしか無い。人は時にそうなる様他人に諭し、そして時にはソレにより成功する事もまま在るが、しかしソレは、人を破滅へと導く悪魔の囁きでも有るのだ。