《外を求めて「内側を知れ」》

人は自分のことが解っているようで解っていない。
他人に向ける”表の顔”は自覚できる。
それは自分が意識してそうしているから。
でも「自分の内側を」知るのは難しい。
避けたいところも、
避けているところも、
逃げたいところも、
逃げているところも。
隠したいところも、
隠しているところも・・・・・、
実は全部、
薄々は気付けてはいるから・・・。
そんな「内側」に、
『誰かのようになろう!』として、
その人の”外側”だけをまねしようとしても意味のないこと。
その人にも実は「内側」が潜んでいる。

自分の「内側を知る」には、
覗き込もうとしてもダメ。
見ようとしても見つからない。
気付こうとしても気付けない。
それが人間という私達の特性。

ではどうするか?
青い鳥を探しに外に出たチルチルとミチルは、
外に出てはじめて青い鳥が内にいたことが判った。
これと同じ。
外の世界を見て、
外の人に触れて、
違う価値観に触れて、
はじめて「自分の内側」を知る」ことができる。
自分を知りたかったら自分を離れてみること。
人の声を聞くこと。
人の評価を受け止めること。
それが「内側を知る」につながっていく。