東日本大震災から今日まで②
こんばんWhat's!!
今日はこの前の続きを書きます。
震災当日は学校にいて津波からは逃れたのですが
それは運が良かったからだと思うときがあります。
自分がもし家に一人でいて、そのときに地震が来て
津波警報が出ても「大丈夫だろ♪」と思って避難しないとおもいます。
事実、学校にいたとき津波が来るとは思いもしませんでした。
地震発生から津波到達まで15分から20分だと聞きました。
物理的に考えると僕は高台に逃げるのに5分もあれば余裕ですが、
家の戸締りや持って行くものを準備したりしてたら時間を忘れてしまう気がします。
このようなことを学校にいてずっと考えていました。周りには津波に流される自分の家が
テレビの中継に映ったとこを見た人やケータイで家族と連絡を取る人、ただただ震えている人
さまざまでした。夜は気を紛らわすために仲のいいメンバーで歌しりとりや面白い話をしたりして
いましたが、たびたび余震が起こり紛らわすので精一杯だった時もありました。
僕は家族と連絡が取れませんでした。すると夜の0時半くらいに父が迎えに来ました。
父の働いている会社は水門から300mのところにあり途中には建物がたくさんありますが
それをも飲み込んで会社の建物の前まで来たといっていました。
そのあと消防署に母と妹と祖母が避難していたのでそこで2,3日過ごしましたが
友達との連絡が全く取れず眠れませんでした・・・
やっと自分の住んでいるとこに戻ったときは、唖然としました。
町にはドロが前面に広がっていて車や丸太、家の残骸などとにかくいろんなものが散乱していて
てのつけようがありませんでした。この日はひとまず家の中だけでも片付けることにしましたが
終わったのは夜の11時・・・それから夕飯を食べてすぐ寝ました^^
翌日朝起きると家の前に自衛隊の車が4台とめてあり自衛隊の人と話しました。
すごく優しく親切な人でした。
すると地面が渦を巻くようにゆれて消防のサイレンがなり津波が来るということに・・・
すぐに近くの小学校に避難しました。するとそこにタメが!!
久しぶりに会ってメッチャ感動してなきそうになりました笑
やっぱり友達は大切ですねww
それからは町を探索して被害状況を把握してきました。↓
これらの写真は友達のipod tuchで撮ってもらいました。
僕のケータイでは画質が悪しナノで(ワラ
ではまた今度続きを書きます。
p.s
What's聞き逃した・・・涙
マジごじゃっぺダワ・・・
東日本大震災から今日まで





わんばんこ






