2000年前後は丁度サイケデリックトランスが日本で花咲き、それは沢山の
パーティがあった。やはり当時最新のものであったから大人の方々
(おじさんとかおばさん)もペットを連れて散歩がてら物珍しそうに見に来ていた。
そこでおじさんやおばさんとも話をして仲良くしていたし、連れてきたペットと
一緒に遊んだり、ゴミは帰る時にみんなでキチンと捨てていたのでそういった
行為を見て貰っていた分、これといった問題は起きなかった。子供達だって
踊っていた。そこに違法性があったかというと微妙な所だがまだ禁止する
条例なんて存在してなかったから警察が来ても丸く収まっていた。
だがこのシーンは暗転する。
問題になり始めたキッカケは不良が入ってきてしまったのだ。
度重なる喧嘩、ドラッグの摘発、殺人や死亡事件にまで発展してしまった。
加えてメディアによる弾圧により本当に罪のない人達までもが心無い人達の
所業によって遊び場を取り上げられてしまった。俺も最後にこのシーンを
見切ったのは数年前のMotherというRAVEで、それはもう地獄絵図に近いもので
あった。毎年1年に一回のみんなでの旅行を兼ねた楽しみであったにも関わらず、
失望し、ゴミだらけの沼と化したフロアで一人、正直全部燃えてしまえば良いと
思ったのを覚えている。今思えばRAVEの素晴らしい所はドラッグでも音楽を
聴く事でも喧嘩でもなく、見知らぬ人と共感共鳴する事に大きな意味があった。
現代文明がシャーマニズムと交わった結果であると言っても過言では
ないと思うし、老若男女問わずトランスに触れ、笑顔になり、酒を酌み交わし、
知らない人のテントにお邪魔してそのお礼に自分の出来る最大限のお返しをして、
またフロアでお返ししてもらう。今思えばそこには無償の愛すら存在していたの
ではないだろうか。なにもRAVE自体が崇高とは言ってない。ただRAVEを通して
人間として忘れてしまった事を取り戻すキッカケを創ってくれた事には疑いようの
ない事実である。今年別れてしまった彼女も3、4年前にRAVEで知り合った。
本当に素敵な恋であったと思えるし、横浜の親友ももう7、8年の付き合いがあるが
今だに付き合いがあり、よく遊んでいる。元を正せば自分の宝はRAVEからの
産物であり、とても感謝している。
包丁は人も殺せるが、同時に人が喜ぶ料理を作る事だって出来る。
誤った使い方をしてしまった者の為にRAVEカルチャーは日本から、
そして世界からゆっくり滅んでいく事であろう。だが、それでも良いのだ。
始まりがあれば終わりだってある。滅ぶきっかけはなんでも良かったのだ。
放置され、滅んでいく文明よりも確実に人の心に何かを落とし、悔やまれる
まま滅んでいく方が絶対的価値がある訳だし、現に俺はそこで大切なものを
沢山学んだと思う。
ドラッグや喧嘩に明け暮れるのも人生だろう。だがそんな事は知った事ではない。
ただ、どんな場所でも幸せを見つけようとする感覚を養えた自分からしてみれば、
本当に可愛そうな人間でしかない。虚勢は所詮虚勢だ。勢いはいずれ衰える。
それが虚勢ならば近い未来、自分が如何に悲しい人間であるかという事に気付く。
見た目なんてどうでも良いのだ。怖がられてどうする?愛し愛される人間になりなよ。
そっちの方が絶対的にお得なんだって。自分を愛し、誰かを人を愛する。そして
自分が愛した人はいつか自分を愛し、恋人として親友として結ばれていく。
つい最近まで他人同士だった人達が愛で結ばれるんだ。戯言かい?
でもそれが人間として生きる法則でもあるんだよ。
そんな事を学んだ様な気がする。
そういえばこれから忙しくなっていきそうだ。親友の彼女を愛した。
勿論親友としてね。
その結果、ビジネスチャンスという途方もなく高い土俵をプレゼントしてくれた。
そして俺はそのお返しに最大限努力して更なるお返しをしようかと思っている。
この世の全ては目に見えない愛で繋がっている。それを信じた俺の勝ちだ。