◎ 生命の実相第七巻

 

 

 

 

○ 艱難を光明化せよ

 

 

 

 

☆ 昨日の終わり

 

天国は、ここに見よ、かしこに見よというがごとく、われらの外に来るのではなかったのである。われらが艱難の意義を知り、苦しみの功徳を知り、この世界の何物も、自分の生命の自由さを実現する資料とならないものはないということを知るとき、そこにこのままに、天国が地上に実現するのである。

 

 

 

 

つづき

 

 

 

 

不幸さえも本当は幸福の源である。この世界の幸福に眼を閉じるな。天国はすでにこの世に来ているのである。キリストはすでに再臨(さいりん)してい給うのである。

 

 

 

弥勒菩薩はすでに下生(げしょう)してい給うのである。これを見ないものはただ魂の扉を閉じたもののみである。魂の扉を閉じて天国を見まいとするものに天国が見えなくとも、それは決して天国の罪ではないのである。

 

 

 

彼らは、「迷い」で心の扉をし、わざと魂に光明のはいらないようにして、その心の部屋の中で、恐怖や、取り越し苦労や嫉妬や、憎しみや、復讐のバイ菌を醞釀(うんじょう)させているのである。

 

 

 

こうしておいてこの世界が光明のない世界だ、生活に喜びのない世界だ、生命に自由のない世界だと呟(つぶや)くのは、呟く方がまちがっているのである。

 

 

 

生活の喜びと人生の光明と、生命の自由とは、人生の艱難を刻々征服するわれらの生命の戦いの一歩一歩のうちにこそ実現するのである。

 

 

 

でわ、われらは魂の扉をひらいて暗黒の中にも必ず在る光を見つけよう。どこにでも光を見ないでやまないのが「生長の家」生き方である。この生き方にもまして、われらを人生の戦いに力づけ励ましてくれるものはないのである。

 

 

 

この生き方こそ悩める者にとっての最も不思議な魔術的医者である。それは斃(たお)れんとする病者を蘇生(よみがえ)らし、すべての病を癒し、悲しみの心の傷に新しい肉を盛ってくれ、人生の敗残者を勝利者に変えてくれるのである。

 

 

 

さらば諸君よ、どこにでもわれらは光明を見ようではないか。心に光明さえあれば、物質は貧しくとも、その人は人生を幸福にするすベてのものをもっているのである。

 

 

 

すベての物の暗黒面をのみ見て、批評し、悪口(あっこう)を言い、憤慨し、悲しみ、われとわれを暗い人生の墓穴に押し込めてしまう人は、太陽が輝いているのに、太陽に背を向けて、目隠しを固くして、「暗い暗い」と呟いていると同じだ。

 

 

 

彼はどんなに物質に裕かであろうと、この世の中で最も不幸な人であるのである。光明は自身の心の中から湧き出して来る幸福の泉のようなもので、外から与えられようと思って他にこれを求めても得られはしないのである。

 

 

 

それは隣人に投げかける一つの優しい微笑のうちにある。それは自分の家族に呼びかける温かい言葉のうちにある。光明は自分から出て、相手の心の鏡に触れるとき、照り返えして来てまた自分を照らしてくれるのである。

 

 

 

もしあなたが巨万の富をもっていようとも、いつもしかめ面をしていて家族や召使(めしつか)いや下級社員を権柄(けんぷい)ずくで罵(ののし)ったり、怒り散らしたり、当たり散らしたりしてみなから嫌われ、彼が行く処(ところ)には常に恐怖が伴い、

 

 

 

一人も彼がこの世に生きていることを喜んでくれないで、彼がこの世を去ろうとするとき、誰一人惜しんでくれるものがないほどであったならば、彼の人生にー体なんの価値があるのであろうか。

 

 

 

植物が外からの太陽の光を待ち望んでいるように、人間は内から射(さ)して来る魂の光線を待ち望んでいるのである。

 

 

 

植物が外からの太陽の光で養われるように人間は内からの魂の光で養われるのである。太陽の光線の射さない地面には大いなる樹木は生長しないのである。

 

 

 

そこはジメジメ腐って有毒なバクテリアしか育たないであろう。それと同じく心に太陽をもたない人は自分自身が偉大に生長しないとどうじに、彼に近づくところの人々の気分を腐らしてしまうのである。

 

 

 

彼は人から嫌われ人を嫌い、みずから好んで孤独となり、大きく生長することのかわりに小さく屈(かが)んでしまうのである。

 

 

 

これに反して、晴れた日の明け方の太陽の光線のようなにこやかな輝きを、その眼差(まなざ)しから送り出すような人は、彼みずからが偉大に生長するとどうじに、彼に近づくすべての人間に喜びを与え、明るさを与え、勇気を鼓舞し、萎(しお)れている者の魂を蘇生(よみがえ)らすのである。

 

 

 

太陽はみずから輝いて温熱と光線とを絶え間なく送り出すけれども、彼自身は減りはしないのである。ここにみずから輝く者の生長する秘密がある。

 

 

 

彼は無数の小天体を自分の身に引きつけて同化せしめ、自己は決して減らずにいて光と温熱とを万物に与えているのである。それと同じく魂の輝く者は決してそれみずからが減りはしないのである。

 

 

 

魂の輝く者はまたどうじに大いなる磁石である。ここにも「類は類を招(よ)ぶ」の法則ははたらく、無数の輝く善き物は彼の傘下(さんか)に引きつけられて集まって来、彼の魂はますます富まされてくるとともに、形の上にも富まされてくるのである。

 

 

 

 

つづく

 

 

 

 

谷口雅春著「生命の実相第七巻」 艱難を光明化せよ!

 

 

 

 

 

☆ 先日出生前診断で障害があるとわかった胎児は中絶されているそれが問題だと書きましたが、中絶されたお母さんもやむにやまれぬ事情の方もおられるようです。

 

それでそういう方の為に、先ず、赤ちゃんに名前をつけて下さい、男女の性別が分からない方は、両方あてはまるような名前仮に「薫」とか付けて白い綺麗な紙に「実相妙楽宮地蔵○○○童子位」と書いてご仏壇に入れて、後赤ちゃんの好きなミルクとかお菓子をあげてお経をあげてあげるといいですね!やり方は当ブログの先祖供養の仕方に詳しく書いてあります。