今日のことば

 

 

困難、困難に非ず

 

 

あらゆる見せかけの困難はすでに困難ではないのである。吾は何事が起こって来ようとも神之(かみこれ)を解決し給うことを信ずるのである。如何なる出来事もこの信念を打ちこわすことは出来ないのである。吾は目の前に起こって来る如何なる困難をも呪いはしないのである。すべての困難は吾が魂を鍛え上げる鍵である。吾が魂を磨くやすりである。吾が魂が鍛えられ、磨かれ、光輝燦然と輝く様になった時、もはやそのようなあらあらしい砥石は自分の魂に不必要になって来るのである。従ってそのような困難は消えてしまう。

 

 

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★以前無門関第一則と六則やりましたので、再び無門関を掲載しようと思います。今回は何故これが書かれたかという事でまずはしがきを書いてみたいと思います。

 

 

無門關解釋

 

はしがき

 

 

 

この書は太平洋戦争中に書きおろしたものである。そして長い間絶版になってゐた。併(しかし)し近頃になって、しきりに覆刻(ふくこく)して欲しいといふ要請が各所(かくしょ)からあるのである。その意味は本書には永遠に価値ある眞理が説かれてゐるといふ意味らしい。

 

 

 

今度加筆しようと思って讀(よ)み直してみて、自分ながら深い眞理が興味ある姿で表現されてゐるので驚いた。眞理の例話(れいわ)として挿入された事件が戦争中のもので現時(げんじ)の讀者には興味がなささうなのを加筆するほかには殆ど書き換へる必要がなかった。

 

 

 

眞理は戦前も戦中も戦後も變るものではない。今も私は天皇信仰を持ちつづけてゐるのであるが、天皇を仰慕仰敬(ぎやうぼぎやうけい)するやうな言葉を述べると笑ふやうな人たちが多い中で、やっぱりこの本を出版したいといはれる。その戦中に書いた"はしがき"には次のやうな事が書いてある。眞に興味があるから讀んでほしい。

 

 

 

 

「天皇への帰一の道すなはち忠なり。忠は天皇より出でて天皇に帰(かへ)るなり。天皇は一なり。ハジメなり。一切のもの天皇より流れ出で天皇に帰るなり。わが『忠』、わたくしの『忠』、我輩(わがはい)の『忠』などと云ひて、『我』を鼻に掛ける『忠』はニセモノなり。私なきが『忠』なり。

 

 

「天皇は天照大御神(あまてらすおほみかみ)と一體(いったい)なり。天照大御神は天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)と一體なり。斯(か)くして天皇はすべての渾(すべ)てにまします。『忠』の本源は天之御中主神の『御中(みなか)』の理念より發して再び天之御中主神に復帰(ふくき)するなり。天皇を仰ぎ、天皇に帰一し、私なきが『忠』なり。わが『忠』と誇(ほこ)るとき、もうそれは『忠』にあらず、『我(が)』となるなり。

 

 

「すべての宗教は、天皇に帰一するための前提として存在の意義があるなり。すべての宗教が、『我』を捨つるを説き、『無我』を説き、富を捨つるを説き、『無所有』を説くは、『この世は何にも無いものだから諦(あきら)めよ』と云ふ意味に非ず。すべてのものは、天皇の一元(いちげん)より發現することを教えたるなり。すべての森羅萬象(しんらばんしょう)天皇の大御いのちの顕現ならざるはなきなり。天皇を説かず、仰がず、『無』のみを説く宗教は準備時代の宗教に過ぎず。

 

 

「わたくしの『生命』を愛護(あいご)すること勿(なか)れ。『生命』が尊きは天皇の大御(おおみ)いのちの流れであり、岐(わか)れであるが故に尊きなり。寸時も、『天皇のみたまのふゆ』なることを忘るべからず。『天皇のみたまのふゆ』なることを忘れるとき、人は悪逆無道(あくぎゃくむだう)の迷妄(めいまう)の徒(と)となるなり。

 

「愈々(いよいよ)日本も政治新體制(しんたいせい)の曙(あけぼの)は近づけり。一切の政黨(せいとう)は解黨せり。新たに黨を結ばんがための解黨にては意味を成さず。この事膽(きも)に銘ずべきなり。擧國一黨(きょこくいっとう)なりとも、黨のある限りは『無我』に非ざるなり。大みごころあるのみなり。大みごころへの無我隨順あるのみなり。若し新黨を樹(た)つるとも、新政體(しんせいたい)を建つるとも一點の『我』ありて、大みごころを蒙(くら)ますとき、天皇の御徳(おんとく)を晦(くらま)して、自分の都合をはかる無道の徒となり了(をは)るなり。

 

「無道とは、『道』の無きことなり。道は宇宙にミチてあれども、『我』のあるところには、道は遮(さへぎ)られてあらはれぬなり。大海原(おほうなばら)に海水は滿(み)ちたれども岩石の固まりたるところには海水は滿ちをること能はざるが如きなり。『我』がなくなりて、はじめて『道』は生きるなり。私の『善』、私の『道』、私の『宗教』などと云ふものあるべからざることなり。

 

「すべて宗教は天皇より發するなり。大日如来も、釋迦牟尼佛(しゃかむにぶつ)も、イエスキリストも、天皇より發する也。ただ一つの光源より七色の虹が發する如きなり。各宗の本尊のみを禮拝(らいはい)して、天皇を禮拝せざるは、虹のみを禮拝して、太陽を知らざる徒なり。すべてのもの太陽にて生くるが如く、すべてのもの、天皇の大御(おほみ)いのちにて生くるなり。

 

「生命の實相が、一宗一派を樹てざるは、宗派と云ひて黨を樹て、閥(ばつ)に籠(こも)りて、相争ふことが『忠』に非(あらざ)ることを知る故なり。特に『一宗一派に非ず』と云ふことを教義の『七つの光明宣言』に記入して、宗教であることを許されしは、 文部黨局の賢明なる處置なり。文部黨局が一宗一派にあらざる宗教をみとめたるなり。宗教が正しくなりたるなり。すべての宗教は私のものにあらざるなり。すべてを天皇に帰一し、天皇に奉還し奉(たてまつ)るなり。

 

「宗(しゅう)はオホモトなり。天皇なり。すべての教(のり)も則(のり)も範(のり)も矩(のり)も規(のり)も法(のり)、悉(ことごと)くスメラミコトより發するなり。宗教が宗派と云ふものに立ち籠(こも)りて、宗祖と云ふ一人の國民に過ぎざる人間を尊崇(そんすう)するは邪道なり。されば我は夙(つと)に喇叭(らっぱ)に過ぎずと云ひたるなり。すべての宗祖は喇叭(らっぱ)に過ぎざるなり。宇宙の大教祖は、天皇にてあらせられるなり。ミチとノリとは悉く、スメラミコトより出づればなり。

 

「釋迦在世(しゃかざいせい)のとき、金波羅華(こんぱらげ)を粘(ねん)じて衆に示すに、迦葉(かせふ)のみ微笑す。金波羅華は『空』の象徴に非ず、宇宙がコスモスであり、中心帰一である象徴なり。日本國體(にほんこくたい)の象徴也。迦葉(かせふ)のみ微笑す、とは悲しいかな。ほかの大弟子皆解せざる也。今の佛教者はいかほど金波羅華の秘密を解せりや。佛教を以(もつ)て『空』を説くとなす者、百尺竿頭(ひゃくしゃくかんとう)に坐する底(てい)の者なり。百尺竿頭に達せざる者よりは優れり。されど『空』の百尺竿頭より進一歩して、中心帰一世界を見ざるものは、外道の佛教にして、日本佛教にあらざるなり。

 

 

「東大寺の大佛は、中心帰一の蓮華藏(れんげざう)世界を彫刻にあらはせるなり。中心座にましますは、光明遍照者(ヴェーローシヤナ)にましまして、それを守護し奉るために、千葉(せんえふ)の蓮華その御足みあし)の下(も)にありて、各々の蓮華に悉く釋迦牟尼佛ゐまして、光明遍照者の御徳(おんとく)を讚(たた)ふるなり。ヴェーローシヤナと云ふ梵語(ぼんご)をば、大日如来などと、佛教が如来の如く譯(やく)したるは誤謬(ごびう)にはあらざれども、人をして外國の佛様の如く誤解せしめたるや久し。 

 

 

「ヴェーローシヤナとは、單に『光明遍照(こうみょうへんぜう)』の意(い)なり。宇宙の中心座に在(ましま)す『光明遍照』なり。畏(かしこ)くも天照大御神にましますなり。

 

 

天皇は天照大御神と一身にましますが故に、釋迦は、天皇信仰を教へたるなり。それを知らずして、迦葉のみ微笑す。善い哉(かな)迦葉微笑せり。今は日本人悉くが微笑せざるべからざる時なり。天皇信仰を知らざるべからざる時なり。今はすべての宗教が、天照大御神を禮拝すべき時なり。そのほかに宗教ある筈はなきなり。」

 

 

派閥や黨派(たうは)で到る處(ところ)に爭(あらそ)ひが見られる現代に、この戦中に書いた序文は頂門の一針のやうな氣がするのである。みんな野郎自大、「わしが」「わしが」で爭ってゐて、その爭ひが終熄(しゅうそく)しないのは、無我になって宇宙の中心眞理に帰一しないからである。

 

 

しかし「眞理」と稍(しょう)する抽象的なものに帰一しようとすると、眞理は肉眼には見えないから、自分の主觀で勝手な主義を樹て理想を描き、相衝突(あひしょうとつ)してまた停止するところを知らない。そこで現實世界に宇宙の眞理・實相が地上に天降って顯現する必要があるのである。

 

 

それがキリストの説いた「神意(みこころ)の天に成るが如く地に成る」ことである。

 

 

その時その無私絶對愛の宇宙の中心眞理の人格的顯現が地上に顯現しなければならぬのである。そのやうな人格者を地上に求めるとき、キリスト教ではキリストの再臨といふ形でそれを表現しようとしてゐるし。佛教では彌勒下生(みろくげしょう)といふ形でそれを表現しようとする。しかし即今(そくこん)キリスト何處(いづこ)にありや、彌勒(みろく)いづこにありや、ただ理想として心に描くだけでは抽象概念に過ぎないのである。

 

 

 

私は無私絶對愛(むしぜったいあい)の宇宙の中心眞理の人格的表現を抽象概念ではなく具体的に生ける人格として天皇に於いて見出さんとするものである。

 

 

それが眞實であることは終戦時の天皇の絶對無私の愛の行蹟がこの世界を戦火の地獄から救ひ出した事實によってラスティファイせられてゐるのである。兎(と)も角この本を讀んで私の考へが間違ってゐるか正しいか沈思默考(ちんしもっこう)して頂きたい。

 

 

 

昭和三十九年十一月一日

 

谷口雅春 識(しるす)

 

 

 

★凄いですね!すべての宗教は天皇に帰一しなければならないという事です!この無門関四十八則までありますが、何回読んだかわかりません、そのくらい面白いというか、凄いひきつけられるみたいな、でもこればかり載せられませんので一つか二つで終わる予定です。

 

 

 

それでは医学博士 徳久先生のつづきです!

 

 

『心』はすべての造り主

 

 

この女性は夫から病気をうつされそれから関節炎をおこし、その後遺症として左関節が硬直していて、医者も一生なおらないだろうといい、本人ももうなおらないと、信じている婦人……省略

 

ヒザが曲がるから、自分で曲げてごらんと私がいいますと、半信半疑の彼女は、それでも、両手で左のヒザを持ちあげるようにして、すっと曲げました曲がったのです。彼女は、自分の足が曲がったことに気づいたように、涙を流しながら、ありがとうございますと手を合わせました。

 

彼女も、ビックリしたのですが、私も本当にビックリしました。私はさわりも、なにもせず、ただ話をして神想観をしただけです。私が教えられた医学の範囲を越えた、医学では理解できない事実が、現実におこったのです。

 

 

もちろん、私が治したのではないことは、よくわかりますが、彼女の心が変わったという、ただそれだけで、器質的な疾患が瞬時にして癒された、その現実に直面して、私の信仰が変わりました。あらためて、『生命の實相』に説かれている真理の偉大さと、科学とか常識を超越した世界があることを、しみじみと教えられました。

 

硬直したヒザを、私が強引な力で曲げたら、曲がったというのなら納得できるのですが、そんな外的な力は全然つかわずに、話しと祈りだけで、完全に曲がったというわけではありませんが、100度ぐらい曲がったのです。関節炎を起こして、その後で関節が硬直していたのが、曲がったのですから、曲げるたびにゴリゴリと関節から音が聞こえます。関節をコンクリートのように固めていたものが、関節を曲げるたびに、くだけてゆく音なのです。ですから、医者としての私自身が、驚いてしまいました。私が医科大学で教えられた医学が、音をたててくだけてゆくような気がしました。『生命の實相』に書かれている、器質的な疾患が、心が変わって癒された体験談を読んで、頭では信じているつもりでいましたが

、潜在意識の底では「ほんとかな?」というような、多少の疑いが残っていました私でしたが、この体験によって、そんな疑いがふっとんでしまいました。

 

「『心』はすべての造り主」

 

と聖経(『甘露の法雨』)に示しておられます真理を、うわの空で読んでいましたことを、反省しました。私たちは、自分で実際に体験しないことは、そんなことがあるものか、と思いやすいものですので、「心で、病気が治る」といいましても、自分で体験しない人や、実際にそのような治癒をみたことのない人は、「そんなことが……」と思いやすいものです。しかし、私は幸いに本部ヘ入りましても、練成会の指導という、実際に教えを伝える仕事をさせていただきまして、目の前で、どんどん「心で病気が治る」のをみてきましたので、ますます信念が強くなりました。

 

練成会に来た時と、帰る時とでは、まるで別人のように顔が変わります。顔が変わるのであれば、カラダの中の器官だって変わるのはあたりまえです。顔が笑っている時はカラダ中笑っているので顔が笑ってるのに足は怒る、ということはできないのと同じです。とにかく、心が変われば病気は治るのは事実です。

 

 

 

医学博士 徳久克己 著  「幸運を呼ぶ」