◎ 「生命の實相」の超生理学

 

 

◯ 食物療法は仮想

 

 

世の中には断食療法をとく人もあれば、栄養療法をとく人もあり、なかには大食療法、過食療法までも説く人があります。

 

 

 

しかしキリストはいとも明瞭に「なんじら何を食らい何を飲まんと思い煩(わずら)う勿(なか)れ」と、食物を人間ごころで選択する必要のないことを説いていられるのであります。

 

 

 

何を食べてもよい!

 

 

 

しかし、それは時と人とによって必ずしも一定しているものではなく、人間知恵で考えて解るものでもない。

 

 

 

心が自然になるとき、腹を土につけて冷やした猫のように本能的に、最も今の自身にとって必要な事がしたくなる。

 

 

 

こうして本能がひとりでにつごうがよいよう調節されて来るのであってこそ理想的健康生活であります。

 

 

 

この境地には「何を食べては悪い」とか「何か食べねばいかぬ」とかいうふうな、外から律する人間知恵に頼っていては達せられない。

 

 

 

「心」の根本の持ち方をかえて「生命の実相」を自覚し、生命は外から養われるものではなく、内から養われるものだということをハッキリ体得してこそ、本能の指示に従い、何を食べても健康によいというふうになるのであります。

 

 

 

 

 

谷口雅春著  「生命の實相第一巻」より

 

 

 

*  今日は靖国神社へ行ってきます。特別な事はないのですが、いつの間にか年に一度か二度はお参りするようになりました。今年はいったかどうか記憶にないので明日から又雨だと言うので秋晴れの今日にしました。靖国の脇にある何とか館を今日ははじっくり見ようと思っています。何度も行っていますが、今年は父の軍歴を厚生省から取り寄せ海軍で何をしていたのか調べました。生存中はほとんどそう言う事は話さなかったので今、父の事を知るのは私しかいなくなりましたので思いきって調べる事にしました。通勤の後に行って、その前に帰ろうと思っていますので今日はこれで、後日又書きたいと思います。