生命の実相第九巻

霊界篇第一章

 

(二)差別心より観たる霊界の消息

 

つづき

 

1912年のはじめである。かねてから一人のモデルが欲しいと話してあった彫刻家D氏を仲介として、まだうらわかい少女が画家のコルニリエ氏を訪れた。彼女の名はレイヌといって、年齢は18歳であったが、まだ15歳ぐらいの少女の風貌をもっていた。画家は彼女に興味を感じた。彼女はまた真面目らしい少女だったので、画家は彼女を雇うことにした。

 

 

 

レイヌはこうしてコルニリエ氏の画室へその数カ月間モデルとして通うことになっていた。ところが彼女はある日画家の写字机(しゃじつくえ)の上に水晶体凝視法(クリスタル・ゲージング)につかう直径二インチぐらいのガラス球(きゅう)があるのを見て、それは何に使うものであるかとたずねた。そのガラス球を数分間凝視していると、精神が統一して来て一種の恍惚状態に陥(おちい)る人もできれば、不思議な幻覚を見るような人さえもできるのだと画家は簡単に説明した。彼女はそれにきわめて興味をおぼえたらしかった。で画家は彼女にそれを持って帰って、自分で実験してよいといった。三、四日だって彼女はまたモデルになりに来たが、非常に失望したらしくそのガラス球を画家に返した。彼女はまったく

なんらの幻覚をも見ることができなかったのである。

 

 

 

彼女は気をくさらしていた。というのは彼女は大変幻覚を見たがっていたからである。まるで彼女は自身には幻覚が見えるべきはずのものだとでも考えていたようすであった。

 

 

 

もっとつづけて実験したら、あるいは幻覚を見ることができるだろうと画家は内心になんとなしに思ったのであろう?「もしおもしろいと思うなら暑中休暇中その球を持って帰って時々十分か二十分ぐらいずつ凝視してごらんなさい」と彼女にいった。そして彼は彼自身だけの経験では、他の心霊現象の実験には成功したことがあるが、水晶凝視には少しもよい結果が得られなかったことを付け加えていった。

 

 

 

心霊現象のことについて、レイヌはほとんど貪るように画家にたずねた。「彼女はまったく心霊現象というものを知らなかったのである。」彼女はなんらの予備知識を持っていなかった。が、コルニリエ氏の説明が彼女のうちに眠っている強い神秘に対する憧憬(しょうけい)を呼び覚ました。彼女はどんな実験でもよい  ーテーブルを動かすだけでよい  ー実験に加わりたいと繰り返していた。

 

 

 

「冬になって仕事にあまり暗すぎる日があったら時々「卓子傾斜」(テーブルダーニング)の実験をしてみよう」と画家は答えた。コルニリエ氏はその当時の自信の感じをこう述懐しているー「自分はその実験が可能であると考えたからであろうか?その心理は自分ながら不思議である」と。

 

 

 

夏は過ぎた。九月になるとコルニリエ氏はパリに引き返して来たが、着くとすぐレイヌを相手として労作をはじめた。このかわいい少女は試みても思わくどおり幻覚を見ることのできなかったあのガラス球(きゅう)を画家に返した。彼女はこのガラス球を幾度も凝視してみたけれど、自分の眼がつかれて流れ出る涙のほかには何物も見えなかったというのである。画家は球架(たまかけ)の上に凝視球を再び安置してその問題にはもう余計な考えをめぐらさないことにきめてその当時書きかけていた油絵を描くためにモデルに向かった。…

 

 

 

が、ある十ー月の午後二時半ごろ、日光があまりに弱くなって描こうという考えをまったく捨ててしまわねばならぬ時が来たのである。レイヌは画家が与えた約束を忘れずにいてそれをいい出した。コルニリェ氏はいちじるしく面喰(くら)った。氏は「彼女の申し出に坑(さか)らうべき相当の言葉を見いだしえなかった。が、……みずから嘲笑(あざわら)いたいような感じが抑(おさ)えても抑えても、心のうちに湧き起こった。」しかしながら氏はとうとう彼女の申し出を承諾した。

 

 

 

で、氏は冷淡な態度でー個のテーブルの上を拭いて、それを隔てて「ローマ法王」のように真面目くさった彼女と、心の底で馬鹿らしさを感じながら対座した。両人は両手をテーブルの上に置いて、両手から出る生命磁気をテーブルに伝えつつテープルの動き出すのを待っていた。

 

 

 

……十分…二十分と両人は待っていた、が、テーブルはただの顫動(せんどう)すらも起こさなかった。この失敗はコルニリエ氏にとっても、むしろきまりの悪いものであった。というのは氏は彼女にテーブルの実験は常に成功するものだと確言したことがあったからである。

 

 

 

氏は少女のある種の兆候から見て、ことによったらレイヌが霊媒的能力をもっているかもしれぬと判断していたのである。ところが今、どんな小さな現象さえも起こらないのだ。氏は四十間辛抱してみよう、もうそれでも駄目ならこの実験を放棄しようと決心した。

 

 

 

と、その時間の終わりごろ、氏は何かコトコトという音が聞こえるような気がして、卓子傾斜の実験に経験のある誰もが知っているような変な感じが、テーブルの木材から伝わって来るように思った。しかし何事もハッキリした現象は起こらないで約束の時間が来た。画家は心中(しんちゅう)、自分の陥っていた実に馬鹿らしい破目からゆるされでもするような歓(よろこ)びを、ひそかに感じながらテーブルから離れた。

 

 

 

こうしてコルニリエ氏が硬(こわ)ばった両手を擦(さす)りながら、何か釈明(いいわけ)めいたことを言おうと思ってテーブルに目をやった時、氏の頭に突然「テーブルに返れ」という不思議な道理に会わない感じが閃いた。「もうー度……十分間だけやってみよう」と氏はあわただしくレイヌにいった。両人はまたテーブルに対座した。

 

 

 

と、ほとんどただちにコトコトという音が起こった。テーブルは右に傾斜した。やがて左に。そしてとうとう合図の叩音(タップ)がはっきりと数度聞こえた。

 

 

 

画家はレイヌをしげしげと視(み)つめた。同時に彼女もまじまじとさぐるかのように画家の方を注視していた。彼女の身体や両足の位置から観察して、氏は、テーブルを運動させたのは彼女でないことを知った。

 

 

 

で、叩音(タップ)の数(かず)いくつはA・B・C・Dの何に相当するということを書き録(しる)して通信をもとめた。

 

 

 

すると真っ先に画家の名「コルニリエ」と通信して着た。そして続けて「レイヌ、眠らす」との数語が来た。オヤ!と思ってコルニリエ氏はもうー度はっきりした意味を繰り返して欲しいと求めた。

 

 

 

「コルニリエ君、レイヌを催眠させてください」と今度は前よりも丁寧な、前よりも文法にかなった通信が着た。

 

 

 

これはコルニリエ氏を驚かした。氏は催眠術のことについては、本を読んだことがあるのと、催眠術をかけるのを二回見たことがあるのにすぎなかった。

 

 

 

氏は茫然として少女を見つめたー「奇妙だ……僕にやらせてみますか。こわかありませんか?」「いいえ、こわかありませんわ、催眠術をかけてください。」

 

 

 

そこで氏は、うろ覚えの催眠術のバラバラになった記憶を組み立てながら、それを実際にこころみはじめた。たちまち ― コルニリエ氏はほとんど呆れてしまった ― レイヌの目は赤くうるんで、やがて瞼(まぶた)をまたたいた。そしてしまいに閉じてしまった。見たたところ彼女は眠ってしまった。

 

 

 

コルニリエ氏は、自分のこの成功に面してかえって困惑してしまった。氏は生来用心深いたちなので、まず覚醒さす能力が自分にあるかどうかを試(ため)さねぱならないと思った。

 

 

 

氏は彼女の両眼を吹き、彼女を覚醒状態にするために按手(バッス)を行なった。レイヌは都合よく覚醒状態に立ちかえった。画家は催眠状態の説明を与えたのちに、また次の機会に実験をやることを約した。彼女はまったく有頂天になっていた。

 

 

 

つづく

 

谷口雅春著 「生命の實相第九巻」より

 

 

* 2017年9月30日  NHK

 

今、医学の世界で、これまでの「人体観」を覆す、巨大なパラダイムシフトが起こりつつある。今までは、人体のイメージと言えば、「脳が全体の司令塔となり、他の臓器はそれに従う」というものだった。ところが最新科学は、その常識を覆した。なんと、「体中の臓器が互いに直接情報をやりとりすることで、私たちの体は成り立っている」そんな驚きの事実が明らかになってきた。このいわば「臓器同士の会話」を知ることで、いま医療の世界に大革命が起きている。例えば、がんや認知症、メタボなどの悩ましい病気を克服する画期的な方法が成果をあげ始めているのだ。新たな医学の潮流の全貌を全8回にわたってご紹介する大型シリーズ「人体」。プロローグでは、最先端の顕微鏡技術でとらえられた驚異の体内映像と、がんを早期に発見する画期的な検診方法や、がんの再発を防ぐ新たな治療方法などの最前線を紹介しながら、シリーズの見どころを伝える。

 

 

*免疫細胞が癌を食べてる?(襲ってる)のが映像に映っていました。昨日は腎臓が大切と言っていましたが、雅春先生はこの世に無駄なものは有りませんと話しておられますように、その腎臓は誰が動かしているのでしょうか?またお互いの臓器が話し会っているという事はそれを統率している何者かがいなければなりません。筑波大学名誉教授の村上和雄 工学博士が命名されたようなサムシング・グレート(何者かしらないが偉大なる者)それとテレビ見ながら私が感じたのはその臓器等に活力を与えるのはやはり、笑、大笑い!と感謝の言葉「ありがとうございます」が一番じゃないかと、害はないし、医学博士の徳久先生も笑うと身体中の細胞が笑いますよ。右の細胞は笑うが、左の細胞は笑わないという事は有りませんと、言っておられました。最後に笑わせるためにあそこも笑ますよ!と大笑いです。