昨年の今日、母は逝きました。
8ヶ月半の闘病でした。
癌である事を秘密にしながらの付き添いでしたが、もう余命幾ばくも無い事を知り家族(母の妹や何年も会っていない孫たち)に会わせました。
本人が勘付くことは分かっていましたが、少しでも会話ができる内にと。
前日の夕食の介助をしている時に、あー明日が最後かもと感じました。
私の作ったスープとお粥を完食して病室を後にしましたが、母が一番愛していた次兄には様子が違う事を伝えました。
翌朝危険だと病院から電話がきたと次兄から聞き東京に帰ったばかりの娘達には連絡し直ぐにとんぼ返りで大阪に来てくれました。
東京に住む孫娘2人と最後まで介護してくれた滋賀に住む私の末息子と、そして横浜の私に看取られ旅立ちました。
同じ大阪に住む次兄は息を引き取る寸前に間に合いましたが、母は顔を見てお別れしたかったでしょうね。
長兄は1分遅れで間に合いませんでした。
やはり次兄のために頑張ってくれたのが母の最後の愛情表現だと思います。
足の悪い私は毎月の横浜と大阪の行き来がこれで終わるんだと思うとホッとするかと思ってたら、帰る実家が無くなり甘えん坊の母がもう何も要求しないんだと虚無感しか残りませんでした。
あれから1年、母の納骨後お墓参りは1度だけ年末に足の手術して年始に退院しましたがコロナの影響でその後は大阪に行けずです。
新盆は次兄にお願いして一周忌には行く予定でしたが、やはりまだ遠距離移動は諦めました。
母は今頃お墓の中で何で皆んな来ないのかと怒ってるかな。
きっと父と義姉が宥めてくれてますね😅
1年経ちましたが全然変わらず母が逝った様な気はしないです。
一日も早くコロナが落ち着いたら母に会いに行きます。
