平成13年にナンバーズ4で 45万円が当たりました。
宝くじが一度当たると次から次に当たるって聞いてこの10年間時々買ってましたが残念ながら大当たりは一度きりでした。
でもいつかはこのブログでまた当たりましたって書けるように買い続けたいと思います。
僕の知り合いのお話でしゅ。
そいつは元関取を目指していた妥協したデブです。 ブーはいつも体格をいいことに威張り腐った態度で皆を脅しては自分の力を見せつけていました。
ある日のこと、僕はブーと愉快な仲間たちとともに隣町のヤンキーどもにケンカを売りに行こう!と出掛けました。
内心、ブーがいれば相手もちょっとはビビるしこんなときくらい役にたたなければただの豚だと思っていました。
隣町のゲーセンに着くと何故かいきなしブーが後輩に『探して連れてこい!』と命令口調。
僕らのアタマは決してブーではなく幼なじみの空手マンだった。しかし空手マンは当時、障害事件を起こし中等少年院送致となっていた。
アタマ不在の中いきなりやってきた関取になりきれなかった残念豚、果たしてそいつのポテンシャルはいかに。
隣町の弱そうなヤンキー二人を後輩が見つけてくるとブーは『こいつらだごろうぜ!(皆で袋叩きにすること)』といい放った。
はて?ブーが一人でやるのでゎ?
ともかく全員臨戦態勢だったため何も言わずに袋叩きにし始めた。
一人が走って逃走するともう一人が半泣き血だらけ状態で土下座している。
ブーがすかさず土下座しているヤンキーにケリをいれた。 なにもそこまでしなくても。
ケリ一発出しただけでかなりのMPを消費している。
こいつはメラゾーマは使えるが一、二発が限界か。
30分程そのゲーセンにいると入り口からヤンキーが30人くらい入ってきた。どーやら逃げたやつが仲間を集めてきたらしい。
おや?不思議なことに中にまるで父兄かと思わせるよーな人物までいる。もしかして、、、やっぱり地元ヤンキーのOBだった。
かわいい後輩のためにやって来たのだろう、泣かせる話だ。
OBは勢いがあった。こちらも20人近くいたがアタマ不在(自称アタマのブーはいるが)ともあって戦意が落ちてきているのがわかった。
仕方ないがやるしかない。そう思って相手OBに掴みかかったとき、OBが『10対10のタイマンでケリをつけようや?』と提案してきた、ナイス!だてにバカやって来た訳じゃなさそうだ。
もちろんタイマンにブーを出すつもりだった。
場所を移動するとき後輩とブーがいないのに気付き別の後輩に豚は?と訪ねるがわかりませんと。
その後、ブーといなくなった後輩から電話があり、後輩が相手を袋叩きにしている時に骨折したので豚が病院に連れていったと。 なんでいきなり消えてまさかの骨折!?そして何故豚が付き添い?
タイマンは結局、こちら側が圧倒的勝利を収め帰って友人宅にいくとブーのバイクが。 ブーに後輩は?と訪ねると自宅待機だと。ブーに何故タイマンに参加しなかったと訪ねると行きたかったが後輩が痛くて苦しそうだったからと。
宮崎駿監督もいっていた。
『飛べない豚はただの豚』 紅の豚より。

これからブー伝説が時折掲載されますブー。
21歳の時だったと思うでげす。
その日はたまには、ばあちゃんちにでも行こうかなぁと。
ばあちゃんちに着いたがばあちゃんがいない、裏庭に行くと、、、
≪きぇええぇえ!!≫
すごい断末魔だった。
ばあちゃんが飼っていたニワトリの首を絞めてニワトリが苦しそうに叫んでいた。
僕に気付いたばあちゃんが、『あ、きとったとね?(あ、来てたの?)』『今ちょうど絞めたけん夕方焼こうかね。』
まさか、僕が今までばあちゃんちで食べていた鳥料理はすべてばあちゃんが自ら絞めて羽をむしったニワトリ!?
それから25歳くらいまで鳥料理はまったく食べなくなったけど、付き合っていた彼女から『養鶏場で働いてこい!』と罵られなんとなく食べるよーになりました。
こないだ、ばあちゃんに当時の話とそれから鳥が一時食べれなくなった話をすると『あんたはキン○マが小さかったけんねぇ』と一言だけいわれ話は終わった。 ビバッばあちゃん