「手仕事」の大切さについて
いまから半世紀以上も前のころでしょうか、吉本さんの講演会に行って、抽象的な言葉に終始する難解な彼の国家論(のちに共同幻想論となる)などを手ぶらで聞いてはさっぱりわからないまま帰ってくるような中で、比喩だけれど、非常に手触りのきく感覚的な言葉で彼が語る言葉で印象にのこるものがありました。
そのひとつは、「25時間目でやるしかないんですよ」という言葉で、これはよく分かるし、詩人らしい表現だなと思って受け止めました。1日は24時間しかないけれど、その24時間は全部奪われている。つまり自分がこうしたい、と思うように自由には生きられない時間だ。
仕事の場では自分がほんとうにやりたいと思うようなことではなく、生計を立てるための労働を強いられている。そして最小限の人との付き合いに要する時間もあり、家族と過ごす時間もあり、生命や生活を維持するために最小限必要とされる睡眠その他の必需時間というのもある。
そうするとわたしがわたし個人として、全く誰にも気兼ねせずに自由になにかを感じ、思い、想像力を羽搏かせ、考え、限りなく学び、なにか創り出していく、そんな充実した[「わたしだけの時間」はどこにもみつけることができない・・・そういう「実感」は、多かれ少なかれ誰にでもあるのではないでしょうか。
そのとき、この世界で、それにもかかわらず何かを生み出すためには、「25時間目」を使うしかないではないか、と。その比喩は実感的に腑に落ちる形でよくわかるという気がしたものです。若いころには私もこの言葉を励みに、「25時間目」を使って原稿用紙に書きつけるような毎日を過ごしていた時期があります。
もうひとつ、そのころよく聞いたのは「文学というのは結局<手仕事>なんですよ」というふうな言葉でした。それと共に「プロの作家とアマチュアとを分けるのは、本が売れているかどうかじゃない。毎日原稿用紙に向かって書いているかどうか、それがプロとアマの分かれ目なんです。」というようなことも併せて言っていたかと思います。
これは、ピアニストが日に8時間前後もピアノを弾くのを日課にしていて、一日でも休むと指が思うように動かないということも聴いていたので、作家でもそんなふうに来る日も来る日も必ず毎日原稿用紙に向かって書くことがプロの条件なんだな、その種のたゆみない持続性というのが何か創造的なものを産みだす上で決定的な条件なんだな、という意味ではよく理解できました。
<手仕事>というのは、そういう意味合いの比喩だと受け止めていました。そして、思春期にすぐれた文学に接して自分でも何か習作めいたものを書き始める多くの若者たちと同じように、私にも、その忠告に忠実に従おうと、どんなに酔っぱらって帰っても、とにもかくにも一日も欠かさずに書こう、と思い決めて原稿用紙のマス目を埋めていた時期がありました。
私の場合は意志薄弱で持続力を欠いていたこともあって、そんな時期は、せいぜいあしかけ5年前後が精いっぱいで、ただ原稿用紙をやたら中途半端な書き物で埋めたというだけに終わりましたが、それはいまさら反省しても後悔しても仕方のないことで、ここで取り上げたいのは、自分のことではなくて、この<手仕事>についての吉本さんの言葉について、当時は思い及ばなかった、もう少し深い意味合いについてです。
吉本さんの<手仕事>という言葉を上に述べたような比喩として受け止めるにあたって、もうすこし実感に即した理解の仕方をしていたことにも触れておく必要があるでしょう。
というのは、例えば、私たちはしばしば、「表現」とか「コミュニケーション」ということに関して、こんな図を描いて説明されてきたのではないでしょうか。
ところが、すこし詩や小説の習作めいたものを書く習慣がついた人ならだれでもすぐに分かるでしょうが、自分が書くということは、決してこの図が示すような、あらかじめ頭の中に「ある」メッセージを文字に書きつける、というような行為ではありません。
頭の中で自分の思いなり考えなりを言葉にして固めてしまってから、それを文字にすることももちろんありますが、そうして書き続けていこうとしても、実際には難しいでしょう。また、ある場合にはそんなふうに自分の頭の中に「ある」ものを文字に置きなおしているだけだと思えるかもしれませんが、もしもそんなふうにあらかじめ頭の中に既に「ある」ものだけを書くことを自分に課したら、たちまち行き詰ってしまうでしょう。一見そのようにして書いたように思える文章も、決して生き生きとした文章にはならないでしょう。
私たちが自分のこうした「書く」経験を自省してみればすぐに分かることは、いったん「書く」という行為に入ってしまえば、「思う」ことも「考える」ことも、「書く」ことと同時一体的ものになってしまうし、そうでなければ書き続けられないということです。
確かに頭の中には色々な思いや考えが錯綜し、様々なイメージが浮かんで消えています。しかし一旦それを表現しようとし、ペンをとるなりキーボードを打って文字を書き始めれば、言葉というのは、いくら頭の中に多様かつ曖昧な概念や感情の要素があっても、たとえば話言葉なら時間軸に沿って線形的に進めていくしかないものだし、書き言葉も書き付けることで記録されて後戻りはできるものの、基本的には時間的な順序に従ってなされる逐次的な行為でしか実現しません。
どんな感情であれ考えであれ、そのような線形的、逐次的性質をもち、一定の規則をもった言葉の列として実現されてはじめて、聴き手なり読み手なりに理解される、或る感情や考えとして確定されるわけで、それまでは「曖昧な多様」なるものとしか言いようがない、本人にとってだけ理解可能な内面の未分化な感情や考えにすぎないわけです。
従って、発語し、あるいは書くことによって、言葉は内面的な(心理としての)表出から、不可逆の表現としての言語に変わり、他者にとって理解可能な、確定的な感情や考えの表現になります。
同時にまた、それは表現者にとって、通常「自己表現」と言った言い方をする場合の「自己」を確定することでもあります。「曖昧な多様」としての心理的なものを不可逆な表現として言語に外在化することで、対他的に理解されることが可能になると同時に、発話或いは書く者自身が、そこではじめて自分がなにを思い、なにを考えていたかを知ることになります。
それはいわば発語あるいは書字という行為に伴う反作用のようなものでしょう。こうしてたとえば書くことによって、自分の思い、自分の考えに、そのつど向き合うことができるので、つぎに発する言葉、つぎに書く言葉は、その向き合ったことの結果を反映せざるを得ないしょう。つぎの言葉は、そうしたひとつ前に発しあるいは書いた言葉で確定された自身の思いや、考えのありようによって選択されていくでしょう。
私たちが頭の中でいくら考えても堂々巡りしていたのに、とりあえず書き始めてみようとして、一旦書き始めると、次々にあたかも自動的に言葉が繰り出されてくるかのように連想が働き、想像力が活性化されて、書かないでは思いつかなかったようなことが次々に思いつけるような状態になって書きおおせることができた、というふうな体験を多かれ少なかれ誰もが持っているではないでしょうか。
このような繰り返される体験から、吉本さんの<手仕事>に関する言葉、とにかく手を使って書くことが、感情や思想をただ表現するだけでなく、それを深め、よりよく表現する力を養う上で不可欠だという言い方には納得させられるものがありました。
こういう実感的な納得は、吉本さんの言い方が、単なる比喩というより、もう少し<手仕事>という行為の具体性や、「手」という身体の部分にアクセントを置いた(そう言ってよければ「こだわった」)言い方であるように思えたので、そこのところを納得する上では、悪くない了解の仕方だったと思います。
こうして、若いころの私の、<手仕事>という言葉に対する、喩としての理解や、ささやかでも幾分か書いてきた体験にともなう実感からの納得の仕方は、決して間違いではなかったと思いますが、彼の言葉の背後には、さらに深い思想的な意味があったことにまでは、当時はまったく気づきませんでした。
ずいぶん後になって、『心的現象論本論』、さらにその意図あるいは要点を彼自身が易しく語った『心とは何かー心的現象論入門』(弓立社2001年)を読んだときに、吉本さんが<手仕事>という言葉を使ったのが、単なる比喩ではなく、また単に実感にもとづいて直観的に語った言葉だったのでもなく、<手仕事>という言葉の文字通りの意味の背後に彼なりの根拠があったこと、「身体論」の思想的なコンテクストの中で「手」とは何かを追究した結果であったことを初めて知りました。
この点はもう少し厳密に、立ち入って理解するためには、吉本さんの『心的現象論』を少し読み込んでみなくてはなりません。<手仕事>が大切だ、という言葉の背後には、吉本さんがそこで展開した「身体論」があったのです。
ここからは吉本さんの言葉に即して語ろうとすると、彼の著書の引用ばかりをつないでいくことになりそうです。そこには重複もあるし、語られる文脈が少しずつ違って、例えば彼は身体論を語る上でも精神病理学的な症例の分析をひとつの有力な手段としていて、その観点から身体像を明らかにしようというモチーフが強く働いているところがあって、ごく一般的な言語表現の場面に引き寄せて考えたい、ここでのモチーフにとって、そのままある記述を切り取ってはめ込んでも必ずしもうまくいかないところもあるので、少々乱暴ではあるけれど、私が読みとった限りでの吉本さんの身体論的な「手」の位置づけと、そこから言われている「手仕事」の大切さについての考え方を、要約的にひとつづきに書いてみようと思います。
もちろん私の理解が浅薄だったり、間違って理解しているところがあるかもしれないので、あくまでも私が理解できた範囲での要約ということになります。
私たちが私たち自身の身体について語るとき、もちろんひとつには見て触れることも出来、身体の内部感覚として感じ取ることもできる、この生身の身体のことを語ろうとするわけだし、それは多かれ少なかれ現代に生きる私達日本人あるいは世界中の人間まで広げても、そこに大きな違いはありません。そして、時間的に過去に生きた人たちにまで遡ってみても、同様に、大した違いはありません。まあ現生人類の発生とそれ以前の境目くらいまで行けば、だいぶ違ってくるでしょうが、いわば科学的な認識で客観的な対象物として見られた身体というのは、現生人類の発生から現代まで、また自分の身体から世界中の人たちの身体まで、さして変わりはないとみて差し支えないわけです。
しかし、私たちが、これが自分の身体だと理解している身体像は人にもより、また時代により、社会により、大きく異なります。
私たちがなにげなく自分の身体だと考えているものは、現実的な(物質的対象としての)身体ではなく、思惟され、表象された身体にすぎないこと、その思惟もまたまったく即物的、生理的な脳作用に帰せられるものではなく、それから独立した心的な作用であること、けれども主観的には物質的な感性的な作用であることを言い切った最初の人はフォイエルバッハだったとして、吉本さんは高く評価しています。
私たちが、物質的、感性的なものだと考えている身体は、実際にはそうした表象であり、心的なものですから、いわば文化の側に属して、時代や社会の「もののみかた」によって大きく変わってきています。私たちが古代の人間を象った土偶や彫像を見て異様に感じるのは、今の私たちがもつ身体図式と古代の人々の持つ身体図式との違い、大きな落差を見ているためだということになるでしょう。
吉本さんはこの身体像としての「手」について、最初に思想的にその役割を重視した哲学者はヘーゲルだと述べています。
ヘーゲルは特定の個人の身体は個人に元々備わったものだが、同時に個人は行為の積み重ねとしてしか存在しないから、個人の身体は個人の生み出した自己表現だとも言える、という風に考えていて、とりわけ言葉を発する口や労働をする手はものごとを実現し成就する器官で、そこには行為そのもの、あるいは内面そものがこめられている、とみています。
そして、いったん外化された言葉や労働のもとに個人はもはや自分を保持したり所有することはできず、そこでは内面がまったく外に出されて他人の手に渡されている、というふうな言い方をしています。そこでは外面と内面の対立が消滅し、外面が内面の表現というだけでなく、内面そのものになっている、というのです。
ヘーゲルは手相見たちが、手というものが個人の運命の元の姿を表現していると見ていることに注意をうながし、自己実現の実行器官である手を見れば、そこに魂をもって生きる人間が宿り、もともとみずからの運命を切り開いていく人間の、その元の姿がそこに表現されていると考えられているのだと述べています。
人相学においては、精神は肉体的な外形のうちに認識できるものとされ、その外形が精神の本質をあらわすことば―見えざるもののあらわれ―とみなされており、人相学の対象となるのは外に向かって行動すると同時に、内面へと還って来て内面を見つめるような個人のありさまをあらわすものであり、運動としてあらわれる表現や静止した表情であっても、その本質からしてそこにある屈折の感じ取れるような表情だと考えています。
こうした活動の器官である手が、存在であると同時に行為でもあるというとらえ方、あるいは内面のありかたがそこにそのままあらわれて他に対して存在しているというとらえ方は、器官の内には行為が動作として含まれるだけだというこれまでの器官のとらえ方とは違って、器官のもとにあらわれる行為は、行為の外形ではあっても、あくまでも個人のもとにとどまる外形であり、外界に現れた行為の結果とは別ものであり、器官を内面と外面の中間項としてとらえなくてはならない、とヘーゲルは考えます。
彼にとって、手のような器官は、「内面と外面とを統一する中間項としての器官」だということになります。それ自体が外面的な存在ではあるのですが、同時にこの外面性は内面へとりこまれていて、個人の全体からみれば偶然的要素を多く含む個々の仕事や境遇等々のうちに分岐していく外界の総体を形作る運命などにみられる多彩で複雑な外面性とは対立する、単純な外面性でもあって、この対立する複雑な外面性に対してであれば、その内面をなすものと考えることができるようなものです。
従って、個人の個性や生まれつきの特性を、教養にもとづくその変化も含めて、行動や運命の本質をなす内面ととらえれば、その内面の本質が最初に外にあらわれたものが、口、手、声、筆跡、その他さまざまな器官やそこに見られる恒常普遍の性質だということになり、そういうものがまずあって、そのあとに、さらにその外にある世の現実にむかって内面が表現されるのだということになります。
こうした「内面」、精神的な個人が肉体に作用するためには、勿論それ自体が身体に座を持たなければならないわけですが、その座である身体は器官として存在するけれども、外界に向けて行動を起こす器官ではなくて、自己意識が内面にむかって行動を起こす器官であって、その行動は自身に還ってくるわけです。そうした器官の典型が労働の器官としての手だというわけです。ヘーゲルはそのような器官を、一方の極にある精神が他方の極にある外界の対象に向き合うときに、その中間にくる道具ないし部品とみなされるべきものだと述べています。
そういう器官はまた、一方の極をなす意識的な個人が、自分と対立する肉体的現実との関わりの中で、自己の自立性を守るための器官でもあり、個人は外界に向かうのではなく、行動のうちで自分に還ってくるのだとも述べています。
これは「書く手」の役割と意味をとても適切に分析した言葉のように思われますし、吉本さんの身体論のベースも、こうしたヘーゲルの身体論にあるように思えます。
吉本さんはヘーゲルに言及したところで、「手」が身体状態と個体の環界にたいする相互関係の仕方を語ることには二つの理由があるとして、そのひとつは、「手」が「類」的な意味でながいあいだの人間の環界に対する働きかけの仕方の歴史によって創り出されているということだとしています。これは誰でもわかることですね。
いまひとつは、個体の生誕の当初から、「手」の発達や相が内臓器官の働き方の発達や相と相関してきたということだ、としています。
これについては、どのような事実を指しているのかはよくわかりません。系統発生的には手や足は古生代の終わりに水棲動物が上陸をはじめ、鰓が肺に、ひれが上肢と下肢に発達したものですから、ヒトの動物性筋肉としては最終段階で発達したものでしょう。
系統発生を繰り返すと言われる個体発生でも類似のことがみられるはずですが、とりわけ手が植物性器官としての内臓の発達やその働きかたと相関してきた、というのがどういう根拠にもとづいた記述か、いまのところは私にはわからないのです。
発生(進化)学や解剖学の所説に関して吉本さんが強い示唆を受けた三木成夫の主著をみても、「手と足」という一項のある『ヒトのからだ―生物史的考察』も含めて、とくに手の役割や発生に関して内臓との関連を述べたような記述は見当たりません。
しかし、強いて関連があるとするならば、三木成夫が『海・呼吸・古代形象』の「内臓の感受性が鈍くては世界は感知できない」という論文において、動物性器官由来の体壁に分布する脳―神経の知覚に対して、植物系器官由来の内臓系の内臓感覚の重要性を述べた中で、その内臓感覚を鍛えるために幼児たちがとる行動、「撫でまわし・舐め回し」の感覚・運動の協働作業を解説している部分に響き合うところがあるように思います。
三木によれば、幼児が目につく物をみさかいなく手にとっていたのが、次第に眺めるだけで満足するようになる上で、ほんものの「舐め回し」の記憶がかけがえのない礎石となるものであり、そうした視感覚を支え続けているのであり、たとえばコップの円さを実感するためには、その縁をなぞり続けたかつての口唇の記憶の裏打ちが不可欠なのだそうです。
それゆえ、豊かに育った内臓の感受性は、単に体の内部に光をあてるだけのものではなく、とくに入口の領域のそれは、ものの「すがたかたち」いいかえれば、その「こころ」を感じ取るための、隠されたつっかい棒になる、という言い方を三木成夫はしていました。口もまた手に準じて、そのような内臓感覚につながる器官であり、ものの「心」を感じ取り、また自らの「心」を表現する器官であるということなのかもしれません。
これを吉本さんは、<手>は「環界と個体の(唯一の)直接的な通路」であり、「自己の内的器官と外的器官とをつなぐ(唯一の)通路」だと表現しています。この場合の内的器官とは三木成夫のいう植物性器官、内臓系諸器官(内胚葉由来の器官)であり、外部器官とは動物性器官、体壁系器官(外胚葉由来の器官)でしょう。
手は知覚作用としては触覚作用をもつだけですが、これはほかの体壁系諸器官に共通するもので手固有のものではありません。にもかかわらず、「掴む」とか「握る」といった観念作用の比喩が手の言葉によって表象されるのは、手が知覚作用としてではなく、「理念」としてあるからだ、というのが吉本さんの主張するところです。手に理念から感情にわたるすべての観念の表現を見ようという考え方は、上に見たヘーゲルの身体論、<手>についての考察を下敷きにしているでしょう。
このように<手>は人間の観念作用を外化したものであり、こうした<手>の特異な作用を根本的に説明するには、<手>が他の身体器官と同じように<行なう>ものであるということよりも<了解する>ものだということを強調すべきだと、吉本さんはそこか一歩先へと議論を進めます。
ここでいささか突然に<了解>という概念が登場することに戸惑わざるを得ないですが、吉本さんの『心的現象論』では、「序説」での考察以来、<了解>作用というのは<時間性>に結びつけられているので、そこから必然的に、<手>の特異性は<時間>の拡大と構築に関与することにある、という主張につながっています。
吉本さんが<了解>を<時間>と結びつけたのは、フォイエルバッハの身体論に示唆を受けていると思いますが、人間の身体一般が了解する仕方がどういう身体的根拠をもつかを問うていくとき、つまり身体が自分の身体を了解するというとき、この了解は自己了解であり、主観的な<時間>性を意味している、という理解が核心にあります。
身体が自分の身体を了解することと、自分の身体を関係づけることが同一のことを意味するとき、私たちは「いま・ここ」にある自身の身体を自身の身体として認識することができ、これが自分以外のあらゆる存在との関係を認識する基準なると考えられているのだと思います。
その<時間性>の拡大と構築とはどういうことか。たとえば労働する手によって(またその延長としての技術によって)環界に働きかけることによって環界自体を<手>としていく作用において、<手>のむこうにはいつも<技術>の問題があらわれ、<技術>的手段と化した環界はそれ自体が<手>と呼ばれても良いものになっていく。これはマルクスが、人間が自然に働きかけることで、自然が人間化される(同時に人間がその分だけ非有機的自然になる)と言ったことと同じことを指しているでしょう。
人間は<手>の延長としての<技術>を進歩させることで、類として、そういう<技術>的な蓄積をなしとげていきます。それは自然に対する理解と実践知、つまりここでいう<了解>を積み重ねていくことであり、したがって<手>というものはただなにか行動するというものにとどまるものではなく、そうした類としての人間の<了解>の蓄積された水準を表現するものでもある、ということになるでしょうか。
そして、そうしたたゆみない人間の<了解>の営みは、人間の個体としての死を超え、個人の生命曲線の限界を超え行こうとする意志の行為であり、また超えていく行為、別の言い方をするなら、人間が生命体としてもつ時間を<拡張>し、<構築>していく営みそのものでもある、ということになるでしょう。
こうした<手>の<了解>という作用と対比的に語られているのが、<足>が身体に即した<空間>の限度を意味するということで、<足>は<空間>の拡大と構築の働きに特性をもつとされています。そして、これは<手>の<了解>という作用が<時間>の拡大や構築に関わるのに対して、<関係>の拡大や構築に関わるものとされています。
ところで言葉を話したり書いたりできるための最小限の条件は、自己表出の時間意識とでもいうものがあるということでしょう。たとえばフーコーは、言語をほかのあらゆる種類の記号から区別する固有性とはなにか、と自問して、それは継起的な語の配置だと自答しています。話し言葉であれ書き言葉であれ、言語は思考のように一挙に全体を把握することも提示することも不可能であって、継起的な順序に従って語をリニア―に配置し、あるいはそれを辿ることによってしか、なにかを表現したり、理解したりすることはできません。
そこに言語固有の性格があり、吉本さんの言葉を使えば、「自然的時間性」とも、また「内的意識の時間性」とも異なる「自己表現の時間性」という位相が想定される根拠があります。
たとえば、どんな文例だっていいのですが、これも吉本さん自身が挙げている例文でいえば、
A B C D E F G
わたし は ずっと 憂鬱 で あっ た
という表現が有意味にたどれるための、最小限度の条件として、
① A→B→C→D→E→D→F→G と発語の順序の意識があること。
② たとえば発語Bにおいて、発語A→Bの流れ込みの意識と発語C→D・・・への流れ出の意識とが存在すること
③ さらに発語Aと発語Bと発語C・・・の区切り、あるいは非連続の意識がなければならない
④ 発語Aにおいて、<わたし>と<わたしの発語>Aのはじまりの関係の意識と、発語Gにおいて<わたしの発語>Gと<わたし>のおわりの関係の意識が存在しなければならない
といったことを吉本さんは述べています。
こうした発語の流れは、概念化された意識に対応するもので、内的意識の流れそのものではありません。「内的な時間意識」は、「表現的な時間意識」においては、意識の概念化を経て表出されるので、語の順序(秩序)を制御する時間意識は、「内的意識の時間」ではなく、独自の位相における「表現的な自己の時間性」なのです。
言葉を語ったり書いたりするいわゆる自己表現、あるいはそうして語られ、書かれた言葉を理解する、<了解>するという行為は、このような表現的な時間性の外化であり、またそうして外化(表現)された表現的な時間性をたどり、<了解>する、ということにほかなりません。
「表現的な時間意識」が「内的な時間意識」とは異なる位相にあるために、上の例文の「ずっと」のような表現が可能になるのであって、それは一見、「内的な時間意識」の永続状態に対応するような表現なので、虚構の対応のようにみえるけれど、それは間に概念化という意識の働きが介在しているからで、概念の虚構を意味するに過ぎません。
この「表現的自己の時間意識」は、「内的時間意識」とは違って、現実(「自然的時間」)によって直接左右されることはありません。そのため、「自然的時間」やその滲入を受ける「内的時間意識」から自由に、その概念化の中心を現在に置くことも過去におくことも未来におくこともできます。
吉本さんはまた、「話す」という「概念」の構成の仕方は、<今>(話す瞬間)という時間において<過去>と<未来>の時間性を空間化することだと述べています。
「話す」ことにおいては、表現的な時間意識もまたその語った一瞬で消えてしまうのですから、<過去>も<未来>も話しているいまこの一瞬に凝縮された形でしか存在しないので、この一瞬のうちで前後の言葉、つまり<過去>と<未来>の時間性を表出するとすれば、この一瞬にこうした時間性を空間化して表現(あるいは理解)する以外に、表現(あるいは理解)を成り立たせるすべはない、ということではないでしょうか。
また、「書く」という行為は、<未来>を<現在>において<概念>化することによって<過去>へと追いやってゆく時間性によって意味が構成されるとも述べています。これは体験的によくわかる言い方だと思います。
書いている最中は、いままさに書いている言葉はいわば「むこうからやってくる」言葉であって、そう言いたければ<未来>に属しているわけですが、これを今この瞬間に書字として定着することによって<過去>へと追いやっているわけで、このときの<未来><現在><過去>という「表現的な時間意識」が、書くという行為そのものを成り立たせ、同時に書かれたものをその「表現的な時間意識」に沿って理解することを成り立たせているわけです。
そして、こうやって一旦書かれた言葉は、そのどこに焦点を定め、その中心から<現在>、<未来>、<過去>のどの時間領域へと「表現的な時間意識」の流れをたどる場合であろうとも、繰返したどることができます。
これはいわゆる「推敲」にあたる行為になりますが、こうした「表現的な時間意識」の自由な辿り直しの繰り返しによって、その「表現的な時間意識」と「内的な時間意識」との対応は強固なものになっていきます。それが推敲によって表現がより十全な自己表現として感じられるようになっていく過程なのでしょう。
これは「書く」という過程に固有のものですから、実際に書かなければ、いくら頭の中で「いいアイディア」をあたためていても、「内的な時間意識」と深く強固に対応する「表現的な時間意識」の外化としてのすぐれた表現を生み出していくことは難しいでしょう。「書く」ことの繰り返し、書かれたものの「表現的な時間意識」を不断に「内的な時間意識」と照合させ、その対応がぴたりとしたものかどうか、強固なものであるかを問い続け、表現を鍛えていくことでしか、すぐれた表現を生み出すことはできない、ということでしょう。
とにかく「書く」ことを始めないと、「表現的な時間意識」などというものは存在しえないのですから、その「内的な時間意識」との対応もなにも確かめようがないし、「表現的な時間意識」の外化としての具体的な表現を磨いていくこともできない、ということになります。
以上に述べてきたようなことが、吉本さんの「手仕事」の大切さということについての発言、とりわけ「作家というのは要するに手仕事なんですよ」という風な発言に象徴されるような、「手仕事」にこめられた意味になるのではないかと思います。
私自身、こうした理解にたどりつくまでは、日に8時間もピアノを弾くといわれるプロのピアニストの修練のように、作家だって来る日も来る日もたゆみなく原稿用紙を埋める手作業に明け暮れることが、すぐれた作品を成就するための必要条件なんだよ、という趣旨のことの喩として「手仕事」の大切さという趣旨を受け止めてきました。
また、個人的には、「書く」という作業が決して頭の中にあるものをただ紙の上に書き付けるというようなものではなく、書くこと自体が思いを生じさせ、思考させ、書き続けさせるということを体験的に知る中で、実感的に腑に落ちる言葉として受け止めたにとどまっていました。
しかし、吉本さんの「心的現象論」を読むにいたって、ようやくその背後に彼が様々な思想を参照しながら到達した、身体についての理解、とりわけ「手」の役割、その意味についての考え方があったことを理解できたような気がしています。今回はその概略を記憶にとどめておこうと思って書きました。
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(参考資料)
この一文を書く上で参照した吉本さん自身の身体論についての言及や、彼が引用した思想家の文章の該当する箇所、及び関連の深い箇所について、いちいち本文では断わらなかったので、ここにそのエッセンスを転載しておきます。最後のフーコーだけは吉本さんの引用に関わるものではなく、私の一文の末尾で触れた言語表現の本質に関連してここに加えておきました。
吉本隆明「障害者問題と心的現象論」(『心とは何か―心的現象論入門』弓立社2001)より
<身体とは何か>、<身体の像とは何か>というふうに、人間が身体のイメージをつくるばあいに、その根本になっているのは何かといいますと、それは大きく分けて二つあります。一つはじぶん自身の身体をどういうふうに<了解>しているか、ということなんです。じぶん自身の身体を、あるいは、じぶんが他人の身体をどのように<了解>しているか、ということです。
この了解の仕方ということが一つあります。これは一般的にいいますと、ある物事を理解することと同じですけれども、他のさまざまな事物に対する理解の仕方とただ一つ違うことは、理解している本人が、じぶんの身体を理解している、ということが他の全てのことと違うわけです。つまり、じぶんの<身体とは何か>という問を発したときに、問を発したじぶん自身が、じぶんの身体とじぶんの精神機能とを使って問を発しているということなのです。つまり、じぶんを使ってじぶんに問を発していることが、全ての事物の理解の仕方と身体についての理解の仕方が違うところです。
だから、じぶんの身体をじぶんがどのように理解するか、ということが人間のあらゆる理解の仕方の基準になっていることがわかります。(p171)
それからもう一つあります。これは、じぶんの身体とじぶんがどのように<関係>をもつかということです。つまり、じぶんがじぶんの身体とどのように折り合いをつけているか、その折り合いのつけ方がもう一つ根本的な問題です。
これは、ひとりの人間が他の人間と関係する、その関係の仕方のなかに現れます。(p171-172)
現実に生きている人間は、大なり小なり、みんなとの折り合いがうまくいっていないのです。つまり、じぶんがかんがえているじぶんの身体と、じぶんがかんがえているじぶんの<精神図式>というものと、他者からみたじぶんの身体というもの、あるいは、じぶんの<精神図式>というものは食い違っているのです。これが、現実に生きている人間のさまざまな悩みの根柢にある問題です。(p172-173)
この問題は、他者との関係づけ、関係の仕方というもの、それから人をどのように了解するか、了解の仕方というものの食い違いが、身体障害とか、精神障害とかいうものの根底にあることがわかります。(p173)
この問題のなかには、身体の問題でありながら身体の問題でないところに、領域を必然的に拡げてしまうところがあります。なぜならば、それはじぶん自身にたいする、あるいは、じぶんの身体にたいする考え方との折り合いというものが、他者にたいする関係の仕方の基準になりますから、他者との関係の仕方というものは、それ自体が<社会>というものを提起してしまいます。ここに<社会の障害>という概念が登場してくる理由があります。つまり、<社会とは何か>、それから<社会の障害とは何か>という問題が必然的に提起されてくるわけです。(p173)
吉本隆明『心的現象論本論』(文化科学高等研究院出版局2008年)より
(身体論)
<手>が身体状態と個体の環界にたいする相互関係の仕方を語ることには、つぎのような理由がかぞえられる。
ひとつは<手>が<類>的な意味でながいあいだの人間の環界にたいする働きかけの仕方の歴史によって創りだされているということである。もうひとつは個体の生誕の当初から、<手>の発達や相が内臓器官の働き方の発達や相と相関してきたということである。そして、その意味では、<手>は環界と個体のただひとつの直接的な通路であるとともに、自己の内的器官と外的器官とをつなぐ唯一の通路であるといってよい。芸術家はまた別のことをいうかもしれない。<手>を動かしてみなければ、けっして引きだすことのできない識知があり、芸術はただ<手>の識知によってのみ創造されると。(p45)
社会的存在としての<手>、いいかえれば環界に働きかけることによって環界を<手>とする作用にあって、人間の<手>のむこうにいつも<技術>の問題があらわれる。<技術>的手段と化した環界は<手>と呼ばれてもよい。ただこの<手>は人間の内的器官とむすびつく通路を具えてはいない。機能的に人間の<手>を極度に拡大しうる作用をもっているだけだ。(p46)
<手>に帰せられる知覚作用はただ触覚作用だけであるといっていい。しかも触覚作用は<手>に固有なものではなく、<身体>の全領域にわたっている。そうだとすれば<把む>とか<握る>とかいう観念作用の比喩が<手>の言葉によって表象されるとき、<手>は知覚作用としてあるのではなく<理念>としてあるといってよい。(p46)
<手>がいかに外延的に環界を<手>と化することによって<技術>的手段をつくりだし、それを<機械>と命名してあやつるとしても、<手>の退化が想定しにくいのは、<手>が人間の観念作用の外化したものという意味をもっているからであるとおもえる。この<手>の特異な作用を、なによりも根本的に説明するには、<手>が他の身体器官とおなじように<行なう>ものであるということよりも<了解する>ものであるということを強調すべきである、とわたしにはおもえる。このことを別の言葉でいえば、<手>の特異性が<時間>の拡大と構築に関与することにあるといってもよい。
人間の個体が描く生誕から死への生命活動の曲線を、人間はなによりも<手>の働きによって超えようとする。・・・(中略)・・・環界を<技術>化して、たんなる天然の<物>を整序された<物>へと構築するとき、この構築物が経済的なあるいは社会的な範疇で<生産物>あるいは<商品>と呼ばれるとしても、この構築作用の働きそのものは<時間>の拡大と構築自体を意味しているようにみえる。それは外化された<了解>であり、いずれにせよ個体の生涯が限る<時間>を超えようとする作用に根ざしている。<手>がつくりあげるのは物質的であっても観念的であっても<了解可能>あるいは<了解期望>の系であって、このことは、結果的につくられたものがどのカテゴリーで解釈されるかということとは、一応別問題であるといっていい。(p47)
<手>が<了解>的につまり<時間>的に、<足>が<移動>的につまり<空間>的に働き、その<時間>と<空間>とが生物の個体の生涯の<時間>と<空間>とを超えたところで連結しうるようになったとき、その生物は<人間>と呼ばれるようなものになった、というように、わたしにはおもわれる。(p49)
(ヒトは歩行も発語もできず内的、外的器官とも未発達のまま胎外に出産されたという、ポルトマンの指摘が正確だとすれば、類人猿との比較でそういうことがいえることには、両者の差異を語る有意味性がなければならないはずだ。)この苛酷な自然条件なるものは、ポルトマンという著者の指摘が正確だとすれば、<足>をあまりつかうことができない(つかうことを要しない)狭領域であり、しかし<手>を過剰につかわざるをえない条件であった。
そして<足>をあまりつかうことができないのに<手>を過大につかわなければならない自然条件は、余儀なく直立姿勢を固定化させたにちがいない。なぜならば<足>を不釣合に少ししかつかわず、<手>を不釣合にたくさんつかわざるをえない条件では、<原人間>たるものの環界にたいする働きかけと、その構築物は<時間>的な拡大に向かわざるをえないとかんがえるほかないからである。
このような自然条件に長世代にわたって耐えたということは、極限としていえば、<足>はまったく動かさないのに<手>は<了解>の、<時間>の構築物を繰返し生産しつづけることができる可能性をつくりだしたことを意味している。そして、このことは<意識>の、あるいは<観念>の作用そのものであり、人間はその条件に耐えたとき、すでに観念作用をもつという前提に立っていたということにほかならない。(p51-52)
幼児は母親の胎内から分割されたときから、まず自己の<身体>と他者の<身体>との区別がつかない状態で環界にさらされるわけだが、このばあいの<他者>は、まず母親の<身体>を意味するため、もし他者をじぶん以外のひとつの<身体>という意味でつかえば、たとえ幼児期を脱したときでも、他者との出遇いは、まずじぶん以外のひとつの<身体>であり、その関係は意識として<性>であらざるをえない。この原型は母親との最初の関係である。それゆえ幼児はじぶんの<身体>と他者の<身体>とを区別し、じぶんの<身体>を客観化しうるようになったときも、「個人個人が分離」される抽象ではない。幼児の<個>はそのまま、他者のひとつの<身体>との関係のうえで、はじめて<個>であるということを逃れることはできない。
ある<個体>が、他者であるひとつの<身体>との関係のうえにたって、はじめて<個>であるといった、乳幼児期以来の基礎をとりはずして、<個>であるじぶんがじぶんの<身体>のうえに直かに立つことになるのは、たぶん、<アドレッセンス>の時期である。この時期に<身体>ははじめて、母親に象徴されてきたひとりの他者との関係のうえに立った<身体>という圏から外へとびだして、じぶんの<身体>意識がじぶんの<身体>に直かに関係することになる。(p72-73)
この不安定な<アドレッセンス>の時期に、じぶんの<身体>への関係づけと了解の系がある原基または座として体験される<空間>と<時間>を獲得する。
そしえ、いっさいの了解の系は<身体>がじぶんの<身体>と関係づけられる<時間>性に原点を獲得し、いっさいの関係づけの系は<身体>がじぶんの<身体>をどう関係づけるかの<空間>性に原点を獲得するようになる。(p73)
(関係論)
あらゆる枝葉を排除したあとで、人間の現存性を支えている根拠は<わたしは―身体として―いま―ここに―ある>という心的な把握である。この把握は感性的であっても知覚的であっても、悟性的な識知であってもさしつかえない。このばあい<わたし>は、さまざまな度合の自己識知であり、それが<身体>に関連づけられている。この自己識知に、<身体>がことさら介入されてこないばあいでも、自己識知の根源としての<身体>は、無意識の前提になっている。<いま>は現在性の時間的な言い回しであり、<ここに>は空間的な言い回しである。このばあいもっとも問題なのは<ある>という概念である。こお<ある>という概念は、ふたつの否定的な態様をとりうるだろう。ひとつは、実在性の次元で身体が、客観的に<ある>にもかかわらず<ある>と感じられない(識知されない)ことがありうるということである。もうひとつは、<ある>にもかかわらず<ない>という否定的な志向性に決定的に支配されることがありうることである。(p177)
<うつ>病にとっての本来的な他者のもっとも拡大された境界は、じつは、<表現化された自己>であるようにおもわれる。以前に、フッサールの『内的時間意識の現象学』(邦訳、立松弘孝)を検討したさいに、表現的な自己の時間性について言及したことがある。<表現的な自己の時間性>は、内的意識の時間性とも自然的時間性とも異なった位相に自己表現の時間性として存在しうる。
わたし は ずっと 憂鬱 で あっ た
A B C D E F G
いま、<わたし>が、このように表現した。この表現が有意味にたどれるための、最少限度の条件は、(1)A→B→C→D→E→F→G というように発語の順序の意識があることである。(2)たとえば発語Bにおいて、発語A→Bの流れ込みの意識と発語C→D・・・への流れ出の意識とが存在することである。(3)さらに発語Aと発語Bと発語C・・・の区切り、あるいは非連続の意識がなければならない。いいかえれば、これらの発語の流れは<概念>化された意識に対応するもので、内的意識の流れそのものではないということが、ふまえられていなければならない。もちろん、発語Aにおいて<わたし>と<わたしの発語>Aのはじまりの関係の意識と、発語Gにおいて<わたしの発語>Gと<わたし>のおわりの関係の意識が存在しなければならない。このようにして「わたしはずっと憂鬱であった」という表現の意味を成り立たせる構成的な時間性は、内的時間意識そのものでもなければ、その移し替えでもなく、特異な表現的な時間性である。この表現的な時間性は、「ずっと」という発語によって、内的時間意識のある持続時間と対応させることができる。「ずっと」ではなく「一生」という発語であったならば、その意味構造は、内的時間意識の永続状態に対応することになる。この対応は虚構の対応のようにみえるが、それは<概念>の虚構であり、内的な時間意識は、表現的時間意識においては、意識の<概念化>を経て表出されるからである。
<うつ>病にあらわれる他者は、じつは<表現的な自己>にほかならず、たぶん<うつ>状態にとって、じっさいの他人、社会等々はこの<表現的自己>の外側の存在であり、この内側に関与しうるのは、ただ、表現的他者としてだけである。
<表現的自己>との関係において、<うつ>病者の特質は、順序A→B→C→D→E→F→Gに固執することである。かれにとっては、事象Aのつぎには事象Bがこなくてはならず、そのつぎには事象Cがこなくてはならない。また、事象Aにぶつからないさきに事象Bにぶつかることはっゆるせない。それは途惑うからではなくて表現的時間に振幅がなく、固いピアノ線にそって流れているようなものだから、いきなり事象Bに遭遇することは、未遂の意識を累積させるからである。(p190-191)
<話す>という<概念>の構成の仕方は、<今>(話す瞬間)という時間において<過去>と<未来>の時間性を空間化することである。表現された自己は、<今>を過ぎた瞬間に、他者との関係へと空間化される。<今>という時間性の持続によってだけ意味構成される。<書く>ということは、<未来>を<現在>において<概念化>することによって<過去>へと追いやってゆく時間性によって意味が構成される。それとともに<書かれたもの>は、どの時間領域においても反すうすることができる。この反すうの過程で、内的時間意識との強固な対応性を見つけだすことができる。<うつ>状態は、<話す>という比喩とはかかわりがない。<書く>という比喩の状態で、任意の<時点>を中心に順序や完備への固執が起こることを指している。(p195ー196)
フォイエルバッハ「身体と霊魂、肉体と精神の二元論にたいする反論ー1849年ー」(木村彰吾訳 『フォイエルバッハ選集 哲学論集』所収 法律文化社 [世界の思想22] 1970)
・・・脳作用においては、随意的・主観的・精神的活動と不随意的・客観的・物質的活動とは同一であって区別されえない。われわれの意識にとってさえ、思考は随意的でも不随意的でもある作用である。ところが、思考においては、主観的活動と客観的活動の対立が消失しているからこそ、思考はわれわれの意識にとって絶対的に主観的な活動なのである。ある時には満腹であり、ある時は空腹であると私が感じる胃、鼓動しているのが聞こえたり感じられたりする心臓、外官の対象としての頭部、要するに私の肉体を私は私の脳作用によってのみ知覚すのであるが、脳作用はそれ自体によってのみ知覚するのであって、したがって、脳作用は私にとって、少なくとも直接には、もはやなんら客観的なものではなく、私から区別されうるものではない。脳作用がこのように感じられず対象化されないということから、「霊魂と精神」を脳作用へではなく、心臓の鼓動や呼吸作用へ置きかえる古代民族やすべての教養のない人びとの心理学的偶像崇拝も明らかになる。(p318)
真理は唯物論でも観念論でもなく、生理学でも心理学でもない。真理はただ人間学だけであり、感性・直観の立場だけである。なぜなら、この立場だけが私に全体性と個別性をあたえるからである。霊魂が考えたり感覚したりするのでもなく―というのも、霊魂とは人格化され実体化されて、ひとつの本質へと転化した思考と感覚と意志の機能、もしくは、現象にすぎないからであり、―また、脳が思考し感覚するのでもない。というのは、脳はひとつの生理学的抽象であって、全体から抽出され、頭蓋から、顔から、肉体一般から説餡された、それ自体だけで固定された器官であるから。ところが、脳は人間の頭部と肉体に結合されているかぎりでのみ、思考する器官なのである。外部は内部を前提している。ところで、内部は自己を表出することによってのみ自己を現実化する。生命の本質は生命の表出である。(p329)
ヘーゲル『精神現象学』(長谷川宏訳 作品社 1998)
(自己意識と身体と音関係―人相学と頭蓋論)
個人は外にむかっても内にむかっても存在する。自覚した存在として自由に行為するだけでなく、それ自体としても存在する。そして、この二面が対立し、内容的にかかわりあう運動をはじめると、そこに、構図の上では心理学の求めたものと同じ関係があらわれてくる。つまり、意識の運動と、確固たる存在としてあらわれる現実とのあいだの対立が、個人のもとにあるものとして―そのまま個人に備わるものとして―あらわれてくる。ここに確固たる存在とは、特定の個人の「肉体」のことで、それは、行為の結果として出てくるのではなく、個人にもとから備わったものである。が、個人は同時に行為の積みかさねとしてしか存在しないから、個人の肉体は個人のうみだした自己表現だともいえる。同時に、それは、自然のままの物体を超えた記号であって、個人がもとからある自然をどう作りかえようとしているかがそこに見てとれるのである。(p210)
肉体は生得の存在と後天的に形成された存在の統一体であり、個の自立性の浸透した現実存在である。肉体は、形のきまった、生得の、不変の部分と、行為によってはじめて生じてきた特徴とを内にふくんでその全体がなりたつので、その存在が、意識と運動の支配する個人の内面を表現する。この内面は、もはや、内容と内実を外部の状況から得てくるような、形式的で、内容を欠いた、あいまいな自己活動などではなく、それ自体で一定の根本的な性格をもち、それが活動として形にあらわれるのである。この二面のあいだの関係がどのようなものであり、どのように内面が外面に表現されるのかをあきらかにするのが、以下の課題である。
外面は第一に「器官」として内面を目に見えるものとし、他にたいする存在たらしめる。器官のうちにあらわれる内面は、活動そのものである。ことばを発する口や労働をする手は、―お望みなら、それに脚をつけくわえてもいいが―、ものごとを実現し成就する器官であって、そこには行為そのもの、ないし、内面そのものがこめられている。が、器官を通して内面が得た外面的な結果は、個人とは切り離された現実の成果である。
外に出ていったことばや労働のもとに、個人はもはや自分を保持することも所有することもできず、そこでは、内面がまったく外に出されて他人の手にわたされている。だから、この外面的な結果は、内面を表現しすぎているともいえるし、反対に表現しありないともいえる。表現しすぎているというのは、内面が外面へとあふれだして、外面と内面の対立が消滅し、外面が内面の表現というにとどまらず、内面そのものとなっているからである。表現したりないというのは、内面がことばや行動に移されると自分とはどこかちがうものになり、その結果、変転つねなき場へと投げこまれ、話されたことばや実現された行動がゆがめられて、特定の個人の行動の真実とはちがうものが作りだされるからである。(p211)
いうまでもなく、手は、運命にたいして外的なものというより、運命と内的にかかわるもののように見える。運命とは、特定の個人が当初の内面的性格として潜在的にもっていたものが、おもてにあらわれたものにすぎないのだから。そして、潜在するものを知るには、たとえば、全生涯をおわってみなければそれを知ることはできないと考えた古代ギリシャの賢人ソロンの言にしたがうよりも、手相術師や人相学者のもとにおもむくほうがてっとり早い。ソロンが運命の転変を見わたそうとするのにたいして、手相術師や人相学者は潜在する元のすがたを見ようとする。そして、手が個人の運命の元のすがたを表現していることは、手が、ことばの器官たる口に続いて、人間の自己表現や自己実現の有力な手段であることからも、容易に推測される。手は幸運を作りだす魂のかよった名工だというわけだ。手は人間の行為をあらわすものだといえるので、自己実現の実行器官たる手を見れば、そこに魂をもって生きる人間が宿り、もともとみずからの運命を切りひらいていく人間の、その元のすがたがそこに表現されているというわけである。
活動の器官が、存在であるとともに行為でもあるというとらえかた、あるいは内面のありかたがそこにそのままあらわれて他にたいして存在しているというとらえかたは、これまでの器官のとらえかたとはちがっている。器官のうちには行為が動作としてふくまれるだけで、行為の結果は外界にしか存在しないから、内面と外面はばらばらにわかれてたがいに異質なものとなり、したがって器官を内面の表現ととらえることは不可能だ、との考えがこれまでの器官論だったとすれば、新しい考えでは、器官のもとにあらわれる行為は、行為の外形ではあっても、あくまで個人のもとにとどまる外形であり、外界にあらわれた行為の結果とは 別ものであって、となると、器官を内面と外面の中間項としてとらえねばならないことになる。
内面と外面とを統一する中間項としての器官は、なによりもまず、それ自体が外面的な存在である。が、同時に、この外面性は内面へととりこまれている。器官の外面性は単純な形をとる外面性であって、それは、個人の全体からみれば偶然の要素を数多くふくむ、個々の仕事や境遇、あるいはまた、多くの仕事や境遇のうちに分岐していく外界の総体たる運命、など見られる多彩な外面性とは対立している。単純な手の相や、ことばの個人的特徴を示す音質や声域―さらにまた、声よりももっと確定的にことばを定着させる文字、とりわけ手書き文字―などは、すべて内面の表現ではあるが、その単純な外形を、行動や運命のたどる複雑な外形と対比した場合、複雑な外形にたいしては、その内面をなすものと考えることもできる。したがって、個人の個性やうまれつきの特性を、教養にもとづくその変化をもふくめて、行動や運命の本質をなす内面ととらえたとすると、その内面の本質が最初に外にあらわれたものが、口、手、声、筆跡、その他、さまざまな器官や、そこに見られる恒常不変の性質である。そういうものがまずあって、そのあとに、さらにその外にある世の現実にむかって内面が表現されるのである。(p214)
心理学においては、外界の現実が、精神に影響をあたえて精神に意識的に反映され、精神の理解に欠くことができないものとして、とりあげられた。他方、人相学においては、精神は肉体的な外形のうちに認識できるものとされ、その外刑が精神の本質をあらわすことば―見えざるもののあらわれ―とみなされた。もう一つ、現実の側にあるものでなお残っているのは、眼に見える、固定された、純粋な現実存在のうちに、個人の本質が表現される場合である。
いまいう関係と人相学的な関係とがどうちがうかといえば、人相学の対象となるのは、外にむかって行動すると同時に、内面へと還ってきて内面を見つめるような個人のありさまをあらわすものであり、運動としてあらわれる表現や、静止した表情の場合でも、その本質からして、そこにある屈折の感じとれるような表情である。が、残された以下の観察で対象となるのは、それ自体がなにかを表現する記号となるのではなく、自己意識の運動からは切り離されて独立し、たんなる物としてそこにあるような、まったく静止した現実体なのである。
こうしたものと内面との関係については、まず、どちらもそれ自体で存在するものが、必然的に結びついて関係をつくるのだから、関係は「因果」の関係としてとらえなければならないように見える。
さて、精神的な個人が肉体に作用を及ぼすことができるためには、原因となる個人そものが肉体的な存在でなければならない。原因となる精神的個人が身を置く肉体は、器官として存在するが、この器官は外界に向けて行動を起こす器官ではなく、自己意識が内面にむかって行動を起こす器官であり、外面にむかう場合としては、自分の体を相手とする場合しかない。となると、どの器官がそれに該当するのかが問題となる。一般的に器官のことを考えると、たとえば、労働の器官としては手がすぐに思いうかぶし、性欲の器官としては生殖器が思いうかぶ。が、そうした器官は、一方の極にある精神が他方の極にある外界の対象とむきあうときに、その中間にくる道具ないし部品と見なされるべきものである。が、ここにいう器官は、一方の極をなす意識的な個人が、自分と対立する肉体的現実とのかかわりのなかで、自己の自立性を守るための器官であって、個人は外界にむかうのではなく行動のうちで自分に還ってくるから、その存在は他にたいする存在とは考えることができない。(p220)
フーコー『言葉と物―人文が科学の考古学』(渡辺一民・佐々木明訳 新潮社 1974)
(第四章 語ること)
言語記号(シーニュ・ヴェルバル)の特質とは何なのであろうか?言語記号にたいして、他のあらゆる種類の記号(シーニュ)よりもよく表象を表示し分析し再構成することを可能ならしめる、あの不思議な力とは何なのか?記号のあらゆる体系のうちで、言語(ランガージュ)固有のものとは何であろうか?
一見したところ、語はその恣意性あるいは集団的性格によって規定できる。ホッブズのいうように、言語はそもそもの根底において覚えの一体系から成っている。これらの覚えは、個人が最初みずからのために選んだものであり、こうした標識によって、個人は表象を想起し、たがいにつなぎあわせ、分解し、それらに操作を加えることができるわけだ。そしてまさにこれらの覚えが、約束ごとなり暴力なりによって集団全体に強課されたのだが、いずれにしても語の意味は、各人の表象のみに属するのであって、それがあらゆる人々に容認されるにせよ、結局のところ個人ひとりひとりの思考のなかにしか実在しない。「語は語っている人の観念の記号にほかならぬ」とロックは言う。「何びとといえども、語を、自分自身の精神のなかにある観念以外のものに直接記号として適用することはできない。」こうしたわけで、言語を他のあらゆる種類の記号から区別し、表象作用において言語に決定的役割を演じさせるものは、言語が個人的なものか集団的なものか、自然的なものか恣意的なものかということからくるのではない。むしろ、言語が表象を否応なく継起的順序(=秩序)にしたがって分析することからくるのである。じじつ、音は次次にしか発音されえないし、言語は思考全体を一挙に表象することができず、それを線上の順序に沿って部分ごとに配置せざるをえない。ところでこの順序は、表象とは無縁のものである。たしかに、思考もまた時間のうちで継起するが、コンディヤックにならって、ある表象のすべての要素は一瞬のうちにあたえられ、反省のみがそれらをひとつずつ展開することができると認めるにせよ、デステュット・ド・トラシにならって、それらの要素はその順序を感圧することも記憶することも実際にはできないほどの速さで継起すると認めるにせよ、ひとつひとつの思考はある統一体を形成している。命題のうちに展開しなければならぬのは、このようにみずからのうえに凝縮された諸表象にほかならない。つまり、わたしの視線にとって「あざやかな色は薔薇の内部にある」としても、わたしの言説(ディスクール)のなかでは、わたしはその色が薔薇の前か後かにくるのを避けることができないのだ。もし精神が観念を「知覚するがままに」発音する力をもっていたとすれば、精神が「それらをすべて同時に発音するであろう」ことは疑いない。けれども、まさしくそのようなことこそ不可能なことである。なぜなら、「思考は単一な操作である」のに、「言表することは継起的操作だ」からだ。ここに言語固有のものがあるわけで、これこそ言語を、表象(言語はその表象をさらに表象するものにほかならないのだが)からも、他の種類の記号(言語はこれ以外には何の独異な特権もなくそれらの記号に属しているのだが)からも、区別するものにほかならない。言語は、外的なものが内的なものに対立し、表現が反省に対立するように、思考に対立しているのではない。恣意的あるいは集団的なものが自然的もしくは個別的なものに対立するように、他の種類の記号―身ぶり、無言劇、翻訳、絵画、寓意画―に対立するのでもない。ただ、継起的なものが同時的なものに対立する仕方で、それらすべてに対立しているのだ。言語は、思考や他の種類の記号にたいして、幾何学にたいする代数学の位置に立つ。つまりそれは、さまざまな部分(または量)の同時的比較にたいして、段階を逐次的に追わなければならないひとつの順序をおきかえるのだ。言語が思考の<分析>だというのは、こうした厳密な意味においてである。それは、たんなる截断ではなく、空間における順序の根本的創設にほかならない。
古典主義時代が「一般文法」と呼んだ新たな認識論的領域は、まさしくここに位置している。そこに、ある種の論理学の言語理論にたいする純然たる応用のみを見るのは誤りであろう。しかしまた、そこに言語学の予兆ともいうべきものを読みとろうとするのもひとしく誤りであるだろう。<一般文法>とは、<表象されるべき同時的なものとの関係における、言語上の順序の研究である)。一般文法の固有の対象は思考でも言語でもなく、言語記号の列として理解された<言説(ディスクール)>なのだ。この列は表象の同時性から見れば人為的であり、そのかぎりにおいて言語(ランガージュ)は、反省的なものが直接的なものに対立するように思考に対立する。とはいえ、この列はすべての言語(ラング)において同一ではない。あるものは行為を文の中央に、他のものはそれを文の末尾におき、あるものは表象作用の主たる対象を、他のものは付属的状況を最初に名辞化する。『百科全書』が指摘するように、異なる言語(ラング)をたがいに不透明にし、相互の翻訳を困難ならしめているのは、語の相違というよりはむしろ、それらの言語(ラング)における諸要素の継起関係の不両立性にほかならない。学問、とりわけ代数学が表象に導入する明証的、必然的、普遍的な秩序(=順序)から見れば、言語(ランガージュ)は、自然発生的、非反省的で、いわば自然的といえるのかもしれない。また言語(ランガージュ)は、それを考える際の観点によって、すでに分析を経た表象とも、自然状態にある反省ともいえるだろう。じつをいえば、それは表象と反省とを結ぶ具体的紐帯である。それは、人間相互が意思を通じあうための道具であるよりも、表象が反省と通じあうためどうしても通らなければならぬ道なのだ。<一般文法>が十八世紀の哲学にとってあれほどの重要性をもつにいたった理由はここにある。(p106-108)
[この項おわり]
to be continued ・・・・

