高市さんが自民党の総裁に選ばれてから

誰かに意見を求められたのかられないのか知らないが、


福島みずほさん、田嶋陽子さん、などが

「女性初の総理大臣になったら」ということについて意見を述べていて、


これがまた見事に的外れで、ただの個人の意見でしかないというか、感情的な物言いをしている。


どんな意見でも、感情的でも構わないけれど

とりあえず一般人ではないのだから

もう少し時世を捉えた発言はできないものかと呆れ返っている。


個人的な好き嫌いや信条の違いはさておき、

それなら小泉さんがなったほうが良かったとでも言うのだろうか?


今、好き嫌いでも信条でもなく、問題は日本が終わるか終わらないか、伸るか反るかのところで、とにかく普通に考える事ができて、まともにものを見られる人が必要な時に、


それ以外の論点で反発するのが信じられない。


それどころじゃないんだよ、日本は今、日本でいられるかどうかの瀬戸際なんだよ!!


そんなこともわからないのかい!?



主題歌 

one more time, one more chance も

1991 も

どちらもとても 良い曲だ


だけど、なんでまた この悲しい話を実写化するかな


もう いいよ。


流石、新海誠

よくもまぁ、こんな悲しい話を考えました。


わたしは沢山 


胸が痛い



今日はコンサートへ来ている。


ものすごく久しぶり。



もう半年も前に申し込んでチケットを何処に置いたのか忘れるくらいだ。


そして、この人の歌を単独のコンサートで聴くのは初めてだ。


白鳥英美子


山室さんのほうがわたしにはわかりやすいけれど、もう結婚されてからだいぶ経つ。



わたしの記憶は至って不確かであやふやだが、

KIEYO以外の歌を聴きに来たのは2人目


聞いても良い、聴いてみたいと思ったのは

五輪真弓とこの人だけだ。


男性でも1人聞いてみようかと思う人はいたのだけれど、

どうにも最後の一押しが踏ん切れず、そのままだ。


きっと、聞いたら気持ち良いのだろう。

そして同時にKIEYOじゃないことが気になって逆効果になりそうだとわかっている。



女性だから、なのか。 それとも声質なのかはわたしにもわからない。


でも、五輪真弓と白鳥英美子は聴いてて気持ちいいに違いないと思ったのだ。


そして、その通りだった。



しばらく歌を聴けないで薬切れ状態で聴きに行った五輪真弓は死ぬほど気持ちよかった。





そしてもう1人の救世主、白鳥英美子の歌をやっと心ゆくまで聴くことができた。

一曲ではなく、溜飲が下がるまでたっぷり。





誰にしてもCDとか音源ならわざわざ会場に足を運ばなくてもあるのだ。

今日も会場で販売してたし。


でも、わたしが聴きたいのは生歌なのだ。

それ以外はいらない。


別に会場であっても目を閉じて聴いてたりするのだから、

それならCDでもいいはずで、それなら簡単なのに、

でもわたしは生で聴きたい。


どうしてなのかはわからないし、説明もできない。




でも、今日の白鳥さんの声は透き通るようで、空気まで浄化されたように美しくて清らかだった。


これだよ、これ。


あぁ~、気持ち良かった。

なんて久しぶりの気持ちよさだろう。


以前、自分が当たり前のようにそれを享受していたことをしみじみ思う。

その時、この幸せは今ここにあるだけ。貴重だとわかっている。わかっているけど、どんなにわかっていてもそれを手の中に留めておくことも、その大切さを今痛感することもできないのだと考えていた。



そして、その通りの今がある。



わたしの絶望感はそこにあり、それに尽きるのだ。






この気持ち良さは、わたしだけのもので、多分誰も同じ感覚を持つことはないのだろう。


なんてこった。



あ〜、すべてが透き通るような声だったな〜。



今日、かかりつけ医に「貴方はキャパが大きいね〜」と言われた。 驚いた😳


そんなこと言われたことない。


神経内科の先生に何から何まで診てもらっているので、日常のことをあれこれ話すこともあり

今回のキャパの話は直接的には趣味のことについてなのだけど。


なんであれ ちいさいより大きいほうが良い

うれしいではないか!!😆


キャパ? あはっ キャハハハハハハ キャパパパパ、、、、、なんてね。


この程度の人間です。




今年は何故か忙しい


(仕事のことは不毛なのでこの際置いといて)



そうではなくて、琵琶とお箏が忙しい


しかも、予定していなかったことが舞い込んできて慌てている。


11月の鹿児島での会で頼まれた助っ人

楽譜見たら あら大変。そんなに簡単な曲じゃない。

だけど、鹿児島まではそうそう行けないからぶっつけ本番になる。


そこへ今月のお箏

この直前になって相方の家族の健康に問題が出て行けないと言ってきた。😳


こればっかりは仕方ない。けど、責任感はないのか?いくらプロじゃないとは言っても、それはちょっとどうなの?


慌てた主催者から連絡が来て、なんとか代わりを見つけたけれど、それにしたって今更合わせる時間もなく、ぶっつけ本番確定!


だけど、そんなのは言い訳

聞く人には関係ない。

下手な演奏をするくらいならやらないほうがいい。



なんか、妙にうまく回り過ぎてるなぁと思ったら、これだよ。🙄


10月の曲の編曲もチェックしなきゃならないし、

来年用の曲も編成に合わせて書き直さなきゃだし、やることいっぱい。



でもまず、今月のお箏ね。


頑張ります。





為末大

FIREの本当の恐ろしさ

https://x.com/daijapan/status/1942376641319297384?t=AguYy8orvMczH7LDIA5-2w&s=09


たまたまひろゆき氏の文章を読み、

あまりにも貧乏なので、もう少しだけ暮らし向きが楽になっても良いなと思い、

ちょっとだけやってみようかと思い動き始めたのだけど、

既のところで思い留まり、止めた。


何故?

今の時代、こんなことを云えば鼻で笑われそうだが、

やはりそれはリスクを伴うと思ったからだ。

金銭的リスクではない。


宝くじに当たった人の大半が幸せになっていないように、

持ち慣れない大金はよくないものを連れてくる。


得れば失う、正負の法則


わたしの人生に足りないものはお金だけなのだから。

すべてを手に入れれば、今持っている何かを失くすか、或いは人生を終わらせてしまう。


それを重々わかっていて、それでも最近は貧し過ぎるな〜と思ったから、少しだけなら不労収入に頼ってもいいかなと思ったのだけれど。


それでも結局、止めた。



それはたまたまFinancialだったけれど、


以前、早いうちに稼いであとは楽して暮らすために泡姫になったという話を聞いた。

その話を聞いた時に、果たしてお金が貯まった後、普通に暮らせるかなと思った。


過大なものを持つと、その分何かを失う。

自分の手で持てるものの量は決まっているのだから。


Financial,Indipendence,Retire,Earlyであっても、

普通に暮らせるのならばそれでいい。

実際、そうしている人を批判しているわけではない。

わたしがただ、それができないというだけだ。

それは向かない。

わたしらしくない。


とことん貧乏性だが、わたしは今自分の手にあるものを失くしたくない。


愛と自由と充実のある人生

無いものは、お金だけ。


仕方ない。それでいい。





不幸は いつ やって来るか わからない


わたしは美輪さんの舞台が好きだった


歌も お芝居も。


若い頃は、お芝居が好きで 歌はまだ わからなかった


いつからだろう 歌のほうが 良くなった


お芝居は 一度に一つのお話しだけど


歌は 一曲一曲に 一つずつの物語があって


沢山の お話しが聴けるのだ


毎年、楽しみにしていた


美輪さんの愛を 身体いっぱい 浴びるのだ


年ごとに わたしの心の在りようによって


感じ取るものが 違うのだ。



病気をしてから コンサートは無くなった


美輪さんが元気でいてくれるから


それ以上を望むのは 贅沢で我儘だと わかっている


でも、わたしはまた 美輪さんの歌が聴きたい


わたしの心に それは必要なのだ


惜しみなく注がれる 愛のように



最近のTV(地上波)は面白くないので、

わたしはもっぱらミステリーチャンネルを見ている。


当然、その名の通りミステリーに分類されるものがほとんどだ。

(たまに日本の2時間ドラマだったものが放送されるとガッカリだ)

英国のものが多いが、ポアロとかマープルとかのほか、まず自分では行かないような東欧のものとか、ミステリーインパラダイスのようなカリブの話もある。


ミステリーにもお国柄があっておもしろい。

お洒落なフランス、賑やかなイタリア、殺人事件すら明るいカリブなど。

ただ、全体に言えることは、描かれる世界観、人物が大人だ。

日本の番組はだから面白くないんだと思う。


先だって友人と話していた時にTVの話題になり、そしたら友人が「え〜っ、私、絶対見ない!血が流れたり人が殺されたりするでしょ。」と言われた。😳


えっ?、、、て言いたいのはこっちだ。

そりゃ中にはリッパーストリートみたいなグロいものもある。

19世紀の英国なんて暗いわ貧しいわ治安は悪いわ、医療技術だって今とは違うから検視官の仕事だって原始的だから臓器そのものがそのまま映されるわ、だ。

でも、描かれてるのはその時代を懸命に生きてる人々の人生であり生き方だ。


流行りの韓国ドラマや、渡る世間は〜みたいなほうが余程 人のドロドロしたものが垣間見えてわたしは嫌だ。笑えない。


まして今更青春ドラマなんて臍で茶が湧いてしまう。

そんな時代はもう過ぎてしまいました。

興味の欠片もない。


人はそれぞれだから何が好きでも構わないが、ミステリーというだけで、血が流れて人が死ぬからと言うだけで、まるで人でなしみたいな目をされたんじゃたまらない。



そして、ハッと気づいた。

自分でも何故沢山あるチャンネルの中からミステリーチャンネルなのかと思ってはいたのだ。


これは、三つ子の魂百まで、なのだ。


とても小さい頃に殺人事件に遭遇した、なんてことは全然なくて。😆


幼児の頃に、父が仕事で帰りが遅く、母は起きて待っていた。

わたしは1人で先に寝るなんてことはなく、

母の横で「ロアルド・ダール劇場」というTV番組を観ていた。

それは今でも覚えているくらいだからインパクトがあったのだろう。


だから今でもそういうのが面白いと思ってしまうのだと、最近わかった。





昔、彼に「貴方は大きな仕事で成功する時に、必ず事故に遭う。だから今、一度お祓いに行った方が良い」と言ったことがある。

ちょうどまた大きく仕事で上手く行きそうな時だったからだ。

結構酷い交通事故に遭うので、今度はどんなことになるかたまったもんじゃない、と思ったから言ったのだ。

彼は驚いた顔をして「そんなこと、」と言ったけれど、思い当たったに違いない。

お参りに行こうと言うわたしにそれでもそんなことは信じたくないらしく抵抗していたが、

とうとう「任せるから行ってきて」と言った。

え、わたし!?

わたしが行ったって、本人じゃないんだし。

でも、言い出したら引かない人で、それでも少しは気になるらしく「任せた。頼んだよ。」と頼まれてしまった。


人は何かを得れば何かを失う。

良いことがあれば悪いこともある。

でも、彼はそれが極端だった。

とんでもない大きな成功をした。

そして死んでしまうかのような事故に遭った。

2度も。



彼のことについては、割りに早くからそれに気づいてさり気なく助言をしてきた。

でも、さり気なくでは気づいてくれないのではっきり言ったのだ。

2度目の時に確信したから、次なんてとんでもないと思ったからだ。



彼についてはそう思ってたけれど、わたしは今頃になって形は違うけれど自分もそうだと気づいた。

本当に今更で笑っちゃうけど。


わたしは、大事な人と出会う度に それまで1番信頼していた人を失っていることに気づいたのだ。

彼に会って親しくなっていった時に、それまで1番の理解者だった友人を失くした。

次に、琵琶を始める時に心底心酔していたお箏の師匠を失くした。

これは大きくて、これまでのどんな男に裏切られるより傷が大きかった。🤣🤣🤣

それでも、その後のわたしの音楽的に手に入れたものを考えたら琵琶を始めて良かったのだ。



彼とわたしはよく似ていて、人生の波も浮き沈みが似ていたから、その運が似ていてもおかしくはないのだが、

自分のことってそのくらい気がつかないものなのだな。




彼がそうだったように、わたしにも微塵の後悔もないけれど。