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最初の最初
音楽事始め
子供の頃にピアノを習っていた
これという理由もなく習い始め、これという理由もなくやめてしまったけれど
歳をとったらまたピアノを習って暮らしたいと思っていた
ピアノを習って暮らそうと
あれ?
歳をとったらって、いつ?
わたしもう充分年取ってるやん
高齢者じゃん
今まだ 琵琶習ってるし、お箏弾いてるし、、、
困った。 いつピアノ習う?😳
高市さんが自民党の総裁に選ばれてから
誰かに意見を求められたのかられないのか知らないが、
福島みずほさん、田嶋陽子さん、などが
「女性初の総理大臣になったら」ということについて意見を述べていて、
これがまた見事に的外れで、ただの個人の意見でしかないというか、感情的な物言いをしている。
どんな意見でも、感情的でも構わないけれど
とりあえず一般人ではないのだから
もう少し時世を捉えた発言はできないものかと呆れ返っている。
個人的な好き嫌いや信条の違いはさておき、
それなら小泉さんがなったほうが良かったとでも言うのだろうか?
今、好き嫌いでも信条でもなく、問題は日本が終わるか終わらないか、伸るか反るかのところで、とにかく普通に考える事ができて、まともにものを見られる人が必要な時に、
それ以外の論点で反発するのが信じられない。
それどころじゃないんだよ、日本は今、日本でいられるかどうかの瀬戸際なんだよ!!
そんなこともわからないのかい!?
主題歌
one more time, one more chance も
1991 も
どちらもとても 良い曲だ
だけど、なんでまた この悲しい話を実写化するかな
もう いいよ。
流石、新海誠
よくもまぁ、こんな悲しい話を考えました。
わたしは沢山
胸が痛い
今日はコンサートへ来ている。
ものすごく久しぶり。
もう半年も前に申し込んでチケットを何処に置いたのか忘れるくらいだ。
そして、この人の歌を単独のコンサートで聴くのは初めてだ。
白鳥英美子
山室さんのほうがわたしにはわかりやすいけれど、もう結婚されてからだいぶ経つ。
わたしの記憶は至って不確かであやふやだが、
KIEYO以外の歌を聴きに来たのは2人目
聞いても良い、聴いてみたいと思ったのは
五輪真弓とこの人だけだ。
男性でも1人聞いてみようかと思う人はいたのだけれど、
どうにも最後の一押しが踏ん切れず、そのままだ。
きっと、聞いたら気持ち良いのだろう。
そして同時にKIEYOじゃないことが気になって逆効果になりそうだとわかっている。
女性だから、なのか。 それとも声質なのかはわたしにもわからない。
でも、五輪真弓と白鳥英美子は聴いてて気持ちいいに違いないと思ったのだ。
そして、その通りだった。
しばらく歌を聴けないで薬切れ状態で聴きに行った五輪真弓は死ぬほど気持ちよかった。
そしてもう1人の救世主、白鳥英美子の歌をやっと心ゆくまで聴くことができた。
一曲ではなく、溜飲が下がるまでたっぷり。
誰にしてもCDとか音源ならわざわざ会場に足を運ばなくてもあるのだ。
今日も会場で販売してたし。
でも、わたしが聴きたいのは生歌なのだ。
それ以外はいらない。
別に会場であっても目を閉じて聴いてたりするのだから、
それならCDでもいいはずで、それなら簡単なのに、
でもわたしは生で聴きたい。
どうしてなのかはわからないし、説明もできない。
でも、今日の白鳥さんの声は透き通るようで、空気まで浄化されたように美しくて清らかだった。
これだよ、これ。
あぁ~、気持ち良かった。
なんて久しぶりの気持ちよさだろう。
以前、自分が当たり前のようにそれを享受していたことをしみじみ思う。
その時、この幸せは今ここにあるだけ。貴重だとわかっている。わかっているけど、どんなにわかっていてもそれを手の中に留めておくことも、その大切さを今痛感することもできないのだと考えていた。
そして、その通りの今がある。
わたしの絶望感はそこにあり、それに尽きるのだ。
この気持ち良さは、わたしだけのもので、多分誰も同じ感覚を持つことはないのだろう。
なんてこった。
あ〜、すべてが透き通るような声だったな〜。
今日、かかりつけ医に「貴方はキャパが大きいね〜」と言われた。 驚いた😳
そんなこと言われたことない。
神経内科の先生に何から何まで診てもらっているので、日常のことをあれこれ話すこともあり
今回のキャパの話は直接的には趣味のことについてなのだけど。
なんであれ ちいさいより大きいほうが良い
うれしいではないか!!😆
キャパ? あはっ キャハハハハハハ キャパパパパ、、、、、なんてね。
この程度の人間です。
今年は何故か忙しい
(仕事のことは不毛なのでこの際置いといて)
そうではなくて、琵琶とお箏が忙しい
しかも、予定していなかったことが舞い込んできて慌てている。
11月の鹿児島での会で頼まれた助っ人
楽譜見たら あら大変。そんなに簡単な曲じゃない。
だけど、鹿児島まではそうそう行けないからぶっつけ本番になる。
そこへ今月のお箏
この直前になって相方の家族の健康に問題が出て行けないと言ってきた。😳
こればっかりは仕方ない。けど、責任感はないのか?いくらプロじゃないとは言っても、それはちょっとどうなの?
慌てた主催者から連絡が来て、なんとか代わりを見つけたけれど、それにしたって今更合わせる時間もなく、ぶっつけ本番確定!
だけど、そんなのは言い訳
聞く人には関係ない。
下手な演奏をするくらいならやらないほうがいい。
なんか、妙にうまく回り過ぎてるなぁと思ったら、これだよ。🙄
10月の曲の編曲もチェックしなきゃならないし、
来年用の曲も編成に合わせて書き直さなきゃだし、やることいっぱい。
でもまず、今月のお箏ね。
頑張ります。
為末大
FIREの本当の恐ろしさ
https://x.com/daijapan/status/1942376641319297384?t=AguYy8orvMczH7LDIA5-2w&s=09
たまたまひろゆき氏の文章を読み、
あまりにも貧乏なので、もう少しだけ暮らし向きが楽になっても良いなと思い、
ちょっとだけやってみようかと思い動き始めたのだけど、
既のところで思い留まり、止めた。
何故?
今の時代、こんなことを云えば鼻で笑われそうだが、
やはりそれはリスクを伴うと思ったからだ。
金銭的リスクではない。
宝くじに当たった人の大半が幸せになっていないように、
持ち慣れない大金はよくないものを連れてくる。
得れば失う、正負の法則
わたしの人生に足りないものはお金だけなのだから。
すべてを手に入れれば、今持っている何かを失くすか、或いは人生を終わらせてしまう。
それを重々わかっていて、それでも最近は貧し過ぎるな〜と思ったから、少しだけなら不労収入に頼ってもいいかなと思ったのだけれど。
それでも結局、止めた。
それはたまたまFinancialだったけれど、
以前、早いうちに稼いであとは楽して暮らすために泡姫になったという話を聞いた。
その話を聞いた時に、果たしてお金が貯まった後、普通に暮らせるかなと思った。
過大なものを持つと、その分何かを失う。
自分の手で持てるものの量は決まっているのだから。
Financial,Indipendence,Retire,Earlyであっても、
普通に暮らせるのならばそれでいい。
実際、そうしている人を批判しているわけではない。
わたしがただ、それができないというだけだ。
それは向かない。
わたしらしくない。
とことん貧乏性だが、わたしは今自分の手にあるものを失くしたくない。
愛と自由と充実のある人生
無いものは、お金だけ。
仕方ない。それでいい。

