本来の素のまま、ありのままの自分で生きたい
自分の人生を変えたいと思った時に
かなり重要なのが前提世界だと思います。
あまり触れられることはないけど、
わたしはこれを知らなかったら
そもそも自分が幸せになることを”許可出し”できてなかったと思います。
わたしの前提世界を覆す=完璧に幸せへの許可出しができるようになるのには
4つの世界に対する思考に触れる過程がありました。
その前にまずは以前までいだいていた
わたしの前提世界です。
ズバリ
“この世は学びの場=地獄のように大変で苦労するのが偉いし、後で(天国へ召された後)評価される”
というわけわからない世界感です。
たぶん小学校中頃までにはあったと思います。
幸せになることがいけないと思ってたんですね。
幸せになると、のちのち大変なことが起こるとか、かなり白黒世界で自己処罰的で自己犠牲的な観念がありました。
あえて大変な道を選んでしまったり
選択したりよくありました。
これも大きく家庭環境に寄ると思います。
うちは、母方の祖父を中心とした、平成には珍しいサザエさん一家のような家族形態で育ちました。
祖父は戦中戦後を乗り越えた生粋の昭和男でしたので、
その世界を生きていくための考え方や世界観に
大きく影響を受けていたと思います🌏
わたしは、エネルギーに敏感なので
話を聞かなくても、
空間を共にしているだけで
様々なものや要素をキャッチしていたと思います⚡️
ましてや生活を共にするので
毎日顔を合わせて夕食を共にしていたので、
家族で1番の権威者の影響を受けないはずがなく🥹
その後の人生に響いてくる
苦労=偉い=評価•価値対象=愛される
というわけわからない私を苦しめる
思考の方程式が出来上がったのもここに端を発します
戦後の年代の人、その後の団塊世代の人々はこの考えを色濃く残しているので、ヘビーなものが尊重される日本全体でもまだ見られる文化背景ではありますよね
小学生の頃から少しオッサン思考でした🤣爆
わたしがオッサン思考や自虐思考だったのは
深掘りすれば、過去生の影響からもあるのですが、ここでは長くテーマが大きくなるので、
また後ほど…
さて、では、こんな戦後の考えをどうやって変えることができたのか、
それは他の前提世界に触れたからです。
自分が幸せになることへの許可が出せるまで
4つの出会いがありました。
ひとつめは、
“わたしたちは幸せになるために生まれてきている”
“自分が幸せになることで他人も幸せにすることができる”
そのような考えに触れ始めたからです。
そこではじめて、「幸せになっていいんだ😆」
と許可が降り
そして
“神や宇宙は幸せになることを望んでいて、幸せになることを拒んでいる、ややこしくしているのは自分だけ”
「本来、幸せであることが当たり前なんだ!」
と世界の前提が変わりはじめました。
どこかで、苦労するのが当たり前とか、多少の不便は我慢しないと、幸せすぎるとバチが当たるとか、変な刷り込みが溶け始めました。
3つめは
“神は自分も他人も幸せにできる。人間はどちらか一方しかできてない人が多い。神は自分を幸せにすることができるのは大前提。まずは自分を幸せにする”
という考えに触れた時。”自己犠牲が正義、清い、神に近い”という思い込みがあって、
この時から、「そっか、自分より他人を優先してたら神様には近づけないんだ💡やっぱ自分を大切にしていいんだ」
と自分の幸せの許可が確信に変わります。
確信というか、もう、逆に、自分を何が何でも幸せにしよう✊というかんじ。
今まではどこか自分を優先したり大切にしたり、幸せを感じることに罪悪感がありました。
最後は
”全方位の幸せを考えないと、人生に歪が来る”という考えです。
これは大きかった。この言葉はGOサインと幸せの価値観の崩壊を同時に起こしてくれました。
それまでは、”何かを得たら何かを諦めないといけない””二兎追うものは一兎も得ず”みたいな感じで、欲張ると結局何も得ることができないと思っていたし、あれもこれも、最高の人生なんてあるの?って。でもこの時、
お金があっても仕事に追われて家族が崩壊してる人もいれば、
社会貢献してるけど、家族に借金して慈善活動してる人の話を聞き、
本当、バランスが大事だなって。
経済、人間関係、パートナーシップ、健康、環境、心、自分がどうありたいかを、自分が思う最高の人生をビジュアライズしきるのが大切なんだっ🌟✨
他の前提世界に触れる方法としては、
書籍や講演会、講座などを通して他の考えを持った人の考えに触れること。
直接そういった世界観を持つ人々に会うこと。これらのエネルギーに触れること。
平成生まれ30代のわたしですが、
大きく人生を変えたのは、
アメリカへの現地高校への1年間の交換留学🇺🇸✈️でした。
留学についてはまた後ほど!
今日はこの辺りで、see you soon 💕