家族がわたしほど
泣く姿を見せないので、
どうやって悲しみや辛さを対処してるのか
と聞いたら、
弟は考えないようにしてる。
あの日以来、
触れないように記憶を閉じ込めてる
そのような返事だった。
思い出せば悲しくなるから。
辛いから。
人それぞれなんだな、って思った。
わたしは違う。
何度も何度も思い出し、涙を流し、悔やんで、苦しんで、
の繰り返し。
わたしには、あの日の記憶がハッキリ鮮明に残ってる。
きっと一生忘れられない。
消えない。
コロンが入った箱を抱きしめながら帰った高速。
麻酔前に会った最後のコロン。
不安げにずっとこっちを見てた。
病院に行くまでの車内でもぐったりしてて、何度も息してるか確認した。
なぜかコロンがキャリーバッグにもたれかかり、
こっちに顔をずっと向けていた。
ずっとコロンと向き合った状態で
なんとなく、不安になったのをおぼえてる。
病院に着いたらホッとした。
設備も整っていて、先生の対応も早く、見るからに出来る医者!!
って感じだったから
安心しきってた。
最悪なケースを説明されたが
なぜかそうなるとは思えなかった。
待合室でもわたしたちは不安じゃなかった。
きっとコロンは戻ってくると信じていたから。
お別れになるなんて思ってもいなかったから。
だから、わたしは久しぶりに会えた弟と話せるのが嬉しくて明るい気分だった。
処置室に呼ばれ、
たくさんの先生がいて、
みんながコロンに必死になってるの見て、
初めて事態の状況さに気づき、
強く心の中で‘コロン‘って何度も呼んだ。
手を強く握った。
神様にもお願いした。
コロンの心臓は
先生が手を止めると動かなかった。
手を止めて良いか聞かれた。
わたしは答えられなかった。
隣にいた弟にいいよな?
と尋ねられ頷いた。
よくテレビで見る、
ピー~の音がした。
コロンを抱きしめた。
けど、だら~んってチカラが入らなくて
コロンがコロンじゃなくなってた。
一番に出た言葉は、
ごめんね。
だった。
その後は涙を止めることできなくて、
別の部屋に通されて、
泣きじゃくり、何度も過呼吸になった。





ずっと下書きになったままの記事でした。
いつか書き終えて公開しようとしたまま
途中で終わっていました。
2021年の今、読んでも
あの日のこと強烈な部分、部分で、
断片的に記憶に残っています。
コロちゃん、
長生きさせられなくて
わたしの不注意で辛い思いをさせてごめんね。
コロンとは短い時間だったけれど
わたしのもとに来てくれて、
たくさん幸せをありがとう。
今までもこれからもずっと大好きだよ。
大切だよ。
いつか会えるかなぁ


2011.11.13 にはコロンを迎えました。





幸せ
で満ち溢れるようにわたしの出来ることを今、するんだ






