結婚した矢先すぎて…
10週目の妊婦健診にいったら
稽留流産でした。
子宮の中に残ったまま
成長や鼓動が止まってしまう。
出血や腹痛、つわりはないため
健診のときに初めてわかる流産。
先生の言葉を聞きながら
動揺してる自分と
聞き漏らさず
現状を把握したい自分がいた。
感情は遅れてついてきたけど
フタをしようとした。
悲しんでしまったら
涙を流したら
受け入れたことになるから。
でも
辛かったね
悲しかったね
って代弁してくれる人がいて
彼も次の日に仕事を休んで来てくれて
肩を貸してくれて
泣くことができた。
現実を見ることができた。
…
なぜ?
どうすればよかった?
という問いも
なくなった命の前では無意味で。
ただ、そうであるということ。
それ以上でも以下でもない。
その余白に何を描きい入れるかは
生きている人の自由なんだろう。
流産の原因の多くは胎児側にあり
受精卵の段階で運命が決まっている。
生まれても
産まれてくることができない。
そう、わかっていても
お腹にきてくれて
一緒に10週間過ごしてくれた命。
大きくなってたね。
旅行もいったね。
指輪をはめるところも
一緒に見ててくれただろうか。
可哀想な命でも
残念な命でもなく
多くの人から
祝福され
楽しみにされ
守られ
愛されていた命だったよ。
またいつか
地球で遊びたくなったら
帰っておいでね。
…
生まれて
死んでいく。
命の長さは
人それぞれ。
命の物語も
人それぞれ。
会えて
嬉しかったよ。
ママにしてくれて
パパにしてくれて
ありがとう。
夫婦より。
紫陽花の花言葉は『家族』