大極殿から遺構展示館に行く途中に、こんな場所がありました。

 

 


大極殿????

どういうこと????

そう、こちらはのちに知りますが、第二大極殿のあった場所なんですね。

 

 


見晴らしがよく、子供たちの遊び場になっていました(笑)

なかなか、遺跡で遊ぶってシュールですよね(^_^;)

いせきっずが沢山いました(笑)


遺構展示館に向かう途中に寄ったお土産屋さんで、「卑弥呼は大和に眠るか―邪馬台国の実像を追って」という本を買いました。

 


アマゾンだと中古しか買えなくなっているんですね。

ちょうど古墳発掘に行った翌日でもあったので、古墳や出雲大社と邪馬台国について書かれていることに惹かれました。

なんでもネットで安く手に入る時代になりましたが、旅先では、その土地のためになりそうなお店であえて買うことも時々します。その方が、嬉しい人の数が多くなりますからね(*^_^*)


そして遺跡展示館に到着。


入るや否や、「遺跡についてご説明しましょうか?」と館内のスタッフさんが声をかけてくださり、
マンツーマン遺跡講座に☆
 

 

 


こちらでは、生で遺構を見ることが出来ます。

ここの面白いところは、

この色別の形で、730年~770年頃に4~5回建て替えが行われていることがわかっています。

他の資料などから、天皇の即位時、他の天皇にかわった時など、何らかのターニングポイントのようなタイミングで立て替えられたであろうということまでわかっているそうです。

確か、70年間で5回って言っていたと思います。最初は710~715年ごろに建って、そこから建て替えているわけで。

神社も20年に一度立て替えたりしていますが、昔はしょっちゅう建築していたのかもしれないですね。この感じを見ると。。。
 

これが昔の井戸の土の内側に入れていた木です。奈良時代のものがそのままここにあります。

1.7Mもある大きな太い木をくり抜いて使用していたそうです。
これだけ大きな木を井戸に使っていたのは、それだけ綺麗な水をくむ必要があったことから、天皇の家で使う水の井戸であろうと、この井戸があった場所が内裏とされています。
 

今みたいに石とか配管があるわけではないから、そういった水路関係は全て木で出来ていたんですね。
 

実際に発掘された時の様子です。

井戸の上側の部分は他の所にすべて持って行かれたそうですが、
地下部分の物は置いて行かれたので、こうして展示しているのだそうです。
 

 


土の層をそのまま展示しています。

第1版築土層があることから、人為的に土を固められたことがわかり、また、かなり大勢の人が行わなければできないことからも、偉い人の建物であるということがわかるのだそうです。
 

 

こちらも形違いの井戸の内側ですね。
 

 


外から会議の様子がわからないように、出入口部分の前に石の壁が建てられていたことから、
国に関する重要な会議をするような最高国家機関があったのではないかといわれています。
 

雨どいの下にあたる場所に、綺麗に石が敷き詰められていることも、身分の高い方がいらっしゃった建物であると言えるそうです。

泥が跳ねたら汚れますからね。それだけ丁寧に作るということは、それだけお金と工期がかかるということでしょう。
 

そしてその実物がこちら。

「塼積官衙」(せんづみかんが)。
奈良時代にもレンガがあったそうです。しかし、今とは違って赤くは無いレンガでした。

 

地下水が上がって来てしまうため、カビや苔が生えるのだそうです。

台風の日などは地下水がさらに上がって水たまりになっていることもあるのだとか。

 

こういう環境で保存するとどう変化するか?という研究にも役立つように、定点カメラが中に置かれていました。
 


手前にあるのが奈良時代のレンガ。

奈良時代に一度は試してみたものの、消えてしまったものも多いというようなことも話されていました。

昔は公事と私事と書かれた石の前に行って、事務手続きや休暇申請をしたそうです。

いわゆる区役所のようなところでしょうか。

そんな石も残っているってすごいですよね。

 

役署名が書かれた土器。奈良時代の文字が見れるのもすごい。。。。

私より字が綺麗な気がする(苦笑)
 

 


この木簡の説明が面白かった(^^)

仕事をしたからお酒をもっとくれとか、ローンの申請や、最近残業が多いので休みがほしいですなどをこういった木簡に書いていて、そういった、賃上げや市民の不満などが書かれた木簡も見つかっているそうです。

削って捨てたはずの木屑まで掘り起こされてしまっているのだから、たまったもんじゃないですよね(^_^;)

書き間違いか、やっぱ、言うのを辞めようと思って捨てたものが、何百年後かに見つけられてしまったという(苦笑)

実際に、展示している木簡の説明にも、
「ねぎをまぜた汁五合を請求した木簡」と書かれていて、ここは飲食店だったのか??
 

 

 

 


これは、用水路に使われていた木です。

こういうのを見て初めて、昔は木で排水していたのかっていうことに気づかされます。

用水路は石が当たり前になっていますが、その前はどんな風だったかなんて、考えて生きたことが無かったなと、昔の日本に触れることで新たな発見に繋がりますね。
 

 

 



すぐ隣にある宮内省の復原建物。

 

 

 



昔の記憶をたどりたくなった時に、こういった場所に出かけるのもいいですね。
 

 


神功皇后の古墳に向かう途中にあった井戸。

奈良時代から変わらずにその場所に残してある物。
大部分は復原されたものでもありますが、土地は記憶を記録しているから、
その場所に行けば、その人なりの「昔の私」に出会えるかもしれません。


そして、古墳に向かったのでした。

続く→

 

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