振り返りがなかなか進まない…。
ひとまず今日はこの夏休みについて。
 
 
8月9日でくも膜下出血発症から3ヶ月。
 
 
入院以降、ぐんと減っていた食欲が戻りつつあります。
入院中に4㎏、退院後1か月で5㎏、その後もゆるやかに1~2㎏落ちていた体重ですが、こちらも戻るような気も(笑)
 
 
めまい、左手足のしびれや動かすとき力を入れるときの違和感、言葉の出にくさ、伝えにくさ、段取りの悪さ、物忘れ、確認行動の多さ、視覚で捉えてても書いてある内容の意味がスッと入ってこない、傷口の違和感等々ちょこちょこありますが、病後という感覚はだいぶ薄れている部分も。
 
 
さて、7月半ば。
我が家にホームステイをしていた留学生が帰国し、その後子供達3人の三者懇談や個別懇談があり、夏休みに突入。
 
 
娘の部活や生徒会、息子の夏期講習のため、夏休みとはいえお弁当作りの日々です。
 
 
今年高校1年生になった娘はこの夏、東大や県内医大のオープンキャンパス、慶応早稲田の大学見学、OB訪問、留学前の宿泊研修、留学準備と部活以外にも忙しく。
 
 
今年中学3年生の息子は、中学部活の引退試合の後、早々に学校の宿題を終わらせ、夏期講習の日々。
 
 
末っ子ちゃんは今年ものんびりと、夏休みを謳歌しておられます(笑)

ちょっと過ごしやすい日は私と一緒にサイクリングがてら公園に行ったりも。
 
毎年恒例の毎日の庭プールは今年は私の体調や体力がついていかない為、遠慮してもらって…。
 
 
しかし、この酷暑のため、次々となくなる夏休みの学校行事。
夏祭りもプール開放も中止。
 
 
こればっかりは致し方がない。
 
 
とはいえ、8月頭にあった市内の花火大会や夏祭りにいったりとそれなりに楽しんでおられます( ̄▽+ ̄*)
 
 
 
こちらは夏休みの最初。
息子の引退試合。

手前の台、左側が息子。

去年の夏、先輩方が引退して息子たちの代に。

 

キャプテンとなり、人間関係や練習内容、試合の内容と結果等々色々悩みながらも試行錯誤を繰り返して部活動に取り組んできた息子。


何度も部員たちでぶつかり、時には部活の顧問の先生が我が家に来られて、泣きながら先生と話し合いをしていた時もありました。

 

 

そして最後の夏季総体。

個人戦ベスト16の成績で引退。

 

 

ベスト16をかけた第3試合に勝った瞬間、チームのメンバーのもとに戻り、泣きだした息子、共に泣いてくれた3年メンバー、そしてそんな3年生を試合中一生懸命サポートしてくれていた試合には出られなかった1年生たち。

 


良いチームになったなと…。


 

母さん、息子のその姿が見られて本当にうれしかった。

 

 

息子、3年間お疲れさまでした!

 

 

 

そしてこちらは8月頭。

市内の夏祭り。

夕方から行って、友だちと会って遊んだり、私の同級生と話をしたり。
暑かったのですが、楽しいひと時でありました。。
 
 
8月半ば。
末っ子ちゃん、8歳の誕生日。
ケーキのリクエストはアイスケーキ。
そしてハンバーグやピザなど彼の好きなものでお祝いを☆
 
 
一緒にこの日を迎えられて本当に良かった。。

今年も生まれる時間までのカウントダウンと、生まれた時間に今の気持ちや将来の夢、好きなもの、好きなこと等々のインタビューをしました。
 
 
末っ子ちゃんの将来の夢は『脳外科医』なんだそう。
私の入院中お世話になった、主治医のM先生に憧れたらしく、その先生みたいになりたいんだとか。
(末っ子ちゃん曰く、M先生はやさしくて頭が良くてかっこいいんだそうな)
 
 
「もしまたおかあさんがくも膜下出血になったら、今度は僕が治してあげるからね」
 
などと言ってくれます。
 
そんな末っ子ちゃんの今年のプレゼントは、Nintendo Labo、図鑑4冊(ばぁばから2冊、私の弟から1冊、娘から1冊ずつ)、そして愛してやまない兄さんには末っ子ちゃんと一緒に寝る券、一緒にお風呂に入る券を各10枚ずつ作ってほしいとリクエストしておりました(笑)
 
 
そしてお盆。
今年は私の父の3回忌でした。

私と同じく、くも膜下出血になられた方で書かれていた方もおられましたが…
 
あの時、何かのタイミングが違っていたらこの世にはいなかったと言われた5月から3ヶ月。

諸精霊追善法要の際、「もしかしたら、今年は私の初盆だったかもしれないんだな」と思ったりなんかも。
 
 
今こうしていられることに感謝を。
 
 
 
そして、翌日。
今年は芝政ワールドではなく、気比の松原海水浴場へ。←珍しく末っ子ちゃんが海をリクエスト
 
 
この夏は受験生及び留学を控えた子供たちがいるため、旅行はなし。
6月に1泊で白浜に行っているので、それで良しとしよう…(//∇//)
これ朝の8時前…。
今年も朝早くから泳ぎに…。
 
 
砂に埋まってみたりなんかも(笑)
 
 
海の家の休憩スペース(各スペースごとに区切られていたので気兼ねなくゆっくり)を終日借りることができたので、私は時折子供たちと泳ぎつつも基本そこで。
 
ま、こんなものも飲んだりもしておりましたが…(前の日にあんなことを思った割に…反省しております)
 
 
あとは、ちょこちょこ用事をこなし、今日は小中学校の除草作業。


いよいよ夏休みも終盤。
明日からは末っ子ちゃんのラジオ体操が始まり、夏休み最後の一週間。
(3人共、8月中に2学期開始)



始業式前日から実力テスト(兄さん)や県庁での留学派遣団の結団式(姉さん)がある年子たち。
(姉さんは今回、県代表メンバーとしての留学なのです。さらにその派遣団代表で決意表明を言わなあかんらしい)


姉さんは始業式に課題考査を受け、翌日には渡米します。



2学期も行事は盛りだくさん。

子供たちにとって、良い経験となりますように…。

そして、姉さんが留学先で素敵な経験ができますように(〃∇〃)
 
振り返りの途中ですが、車の運転について現在の記録をひとつ。


退院以降、最低1ヶ月は運転禁止。
先月の退院後1ヶ月の診察時に運転許可ということで、免許センターに手続きを取っていました。


先週、診断書と同意書を提出し、適性検査を受けてから運転再開…ということでしたが、昨日、免許センターから連絡が。



発症からこれまで意識消失や麻痺がなかったことと、診断書と病院への問い合わせで、経緯と現在の病状確認が取れたので、適性検査はなしで運転再開許可の判断とします。


とのこと。


入院以来、2ヶ月ちょっとの車なし生活が終わりました( ̄∇ ̄*)ゞ


前回の診察時に、主治医の先生から


「とにかく慎重に。これまで以上に慎重に。遠い距離を運転するときは、誰か大人(免許所持者)に隣に乗ってもらって…まぁ普段は送り迎えくらいでしょ?本当に慎重にね」


と、とにかく何度も慎重にと注意を受けているので、気をつけながら運転を再開したいと思います。



まぁ、確かに基本的に市内くらいだし、すっかり退院後の徒歩もしくは自転車生活に慣れてしまっているので、必要最低限にするつもりでいます。


体にもいいし、あまり車を使わない生活を続けようかなと(* ̄∇ ̄)ノ



あ、でも運転再開により、毎日の娘の駅までの送迎は復活です!(これまでは、迎えはばぁばにお願いしていました。母に感謝!)

続きです。


ICUから手術室へ。

入る直前に帽子のようなものをかぶりました。


手術室前に着いた時に、一瞬目を開けると、入口のところがいかにも手術室というか…テレビで見る光景そのまんまだなと、本当にこんな感じなのかと、またもやのんきにそんなことを思っていて…←涙を流したわりに


入室したときに、カチャカチャという音や空気から、ICUや救急センターにはなかったひんやり(?)とした独特の雰囲気を感じました。


ストレッチャーから手術台へ。


そして、麻酔科の先生から、



「今からここにいるスタッフみんなであなたを助けます。大丈夫ですからね」



というような言葉をかけていただきました。



この後のことはほとんど覚えていません。


色々準備をしていただいていたような気がするのですが、はっきり覚えているのは左腕を真横に伸ばして、麻酔科の先生たちが麻酔準備のため点滴していた箇所を何か処置していたこと。


そして、麻酔を始めるというようなことを聞いたような…。
 

鼻の奥にスーっと薬の感覚がきて、ここで私の記憶は術後まで途絶えます。



内径脳動脈瘤の破裂によるくも膜下出血ということで、開頭クリッピング術。

血管が裂けてた箇所もあったらしくその部分の縫合もしたらしいです←これらはあとで聞きました。


麻酔を開始して、手術が始まったのは17時くらいだったと聞いています。



予定では6時間の手術でしたが、1時間押して、7時間の手術だったとのこと。



ここからは、術前に家族が受けた説明で、私は退院するまで知らなかったことです。


受診前日の8日、頭痛のあった15時時点で脳動脈瘤が破裂し発症したものと思われる。
その後、かさぶたができて、一時的に止血されている状態で受診。


これから手術に到達するまでに、いつ再出血してもおかしくない。今そうなってもおかしくない。そして、再出血してしまったら助からない。


手術ができても、術中に再出血する可能性もあり、その場合も助からない。


無事手術を終えて、考えられる後遺症は以下の通りで、


麻痺が残って当たり前くらいに思っていてほしいと。


一般的に、

死亡が30%
重度後遺症の可能性が30%
後遺症があったとしても社会復帰できる可能性が30%

今回、全く何もなく、また以前通りの生活となると、2~3%くらいに考えてほしいと。


とにかく、再出血を考えると、早く手術に入りたい。
生命最優先。
今の状態では最悪の結果になる可能性が高いので今すぐ同意を。



というような内容であったと聞きました。



結果としては、特に後遺症や合併症もなく退院できたけど、この時点ではこういった話だったそうです。


もちろん、先生は一般的な可能性としての話をされただけだと思うのですが。

私としては、意識もあったし、不安はあれど、そこまでおおごとではないだろうという感覚だったので…あとで聞いてとても驚きました。


聞いていた母たちも動揺は計り知れなかったと。
なので、何ともない振りをして私を手術室に送り出すのはなかなか大変だったと。

後遺症の話も大きかったけど、何よりも30%とはいいながらも、このまま亡くなってしまう可能性が高いのでは?という気持ちのほうが大きかったと、後に母から聞きました。



続きます。