私、2児ママになりましたm(_ _)m
そして実は実は、
今現在なお、
壮絶な出産・産後・・・続いております
前回(6年前)の娘の出産時は、
難産からの緊急帝王切開
よって今回は、
否応なしに帝王切開での出産。
私としては、
「今回は陣痛が無いんだ、わーい」
「計画分娩だから
出産日も退院予定も決めれるし助かる」
くらいに考えていたのですが・・・
それらの認識が
完全に甘かったと悟ったのは、
前回ブログを更新した後
ほんの数時間後のことでした
・子宮癒着による手術の難航
・硬膜外麻酔の副作用発症 など、
およそ予想だにしない自体が次々に襲い・・・
産後4日目の朝を迎えた今もなお、
私は腹部の激痛に苦しんでおります
ロキソニン、座薬、点滴、筋肉注射・・・
それらを痛み止めとして駆使していますが、
まるで効いてるんだか効いてないんだか
わからない状態
術後2日目にして
カテーテルと脚につけた機械が
半ば強制的に取り外され、
歩行訓練開始となりましたが、
未だに
超後期高齢者の祖母に勝るとも劣らないほどのヨチヨチ歩きでしか移動が出来ずにいます
(しかも激痛!)
私の手の甲から腕にかけては、両手共、
点滴の刺し痕でいっぱいですよ
とはいえ・・・
とっても可愛い赤ちゃんが産まれました
2人目の女の子です
先のブログ記事では、
当初、
突然の妊娠発覚・・・人生の予定変更に対し、
(せっかくここまできた)
『子育てがふりだしに戻ってしまう』
そう感じさえして、
素直に受け入れることが出来なかった・・・
そう綴りましたが、
今この瞬間、
私は、
『また子育てを
ふりだしから始めることができる』
その喜びと希望に満ちています
たった一人の娘を愛して愛して
6年以上日々過ごしてきた私。
いくら自分のこどもとはいえ、
娘以外のこどもを
娘と同じように愛おしく感じることなんて
できるのだろうか・・・
それも妊娠発覚以降、
出産間際まで心にあった不安の一つでした。
でも、
今は、
親バカながら、
こんなに可愛い赤ちゃんだってわかってたら
あんなに悩まなかったし、
辛かった悪阻にだって
もっと頑張って耐えられたのに・・・
とさえ思っていますσ(^_^;)
何事もなければ
今週の土曜日に退院予定なのですが、
まともに歩くことさえままならない今は、
先のことが想像出来ません
でも、
「私ってすごい、『母親』ってすごい」
と思うのが、
どんなに辛く苦しくても、
わが子のためなら
自分を犠牲にできるということ。
娘の時同様、
『完全母乳育児』を強く希望している私。
赤ちゃん期に最も大切だと思うことの要が、
〝ママ〟による絶対的庇護と愛情深い毎日を通して
世の中を知り、言葉を知り、
人としての身体的情緒的な根幹を育むこと・・・
だと思っているので、
1年間の『授乳』は母から子に与えられる
最も有効なスキンシップであると考えています♡
前述の通り、
手術当日から高熱・激痛、
寝たきりで
何もできない状態となりましたが、
そんな中でも、
授乳だけは欠かさず
最低3時間に一度を
ずっとこなしています
昨日から今朝にかけても、
毎食後の服薬、
6時間毎の点滴、
4時間毎の痛い筋肉注射をして、
動くこと自体痛いから
なるべくトイレの回数も少なくしたいけれど、
良いおっぱいを出す為に沢山水分を摂り、
産後食の嫌いな野菜も食べ、
激痛に耐えながらヨチヨチ歩きでリハビリし、
一日中痛みに耐えて変な汗をかき、
時には涙も出てきて、
家族以外の面会も断らざるを得ず、
睡眠は細切れで、
正味2~3時間あるかないか・・・
それでも頑張れるのは、
私が『母親』だからだと思います
「女は弱いが、母は強し」
それって本当ですね
すっかりお姉ちゃんの娘、
待望の妹(赤ちゃん)が
自分の爪で顔を傷付けてしまっていたので、
ヤスリで爪をお手入れしてあげていました
一方私といえば・・・
病室のベッドサイドに置いた娘の写真、
辛い夜に見ると涙が止まらなくなって
ただでさえ痛いお腹に余計響いてしまうので、
昨夜は伏せました
早く元気になって娘の元に戻りたいです。
また今日も
昨日と今日の境もないまま日付は変わりましたが、
私はこれから
朝一発目の筋肉注射をしてもらって、
めんこちゃんに会いに
授乳室に行ってきます
この子達2人のためなら、
ママはきっとなんでも出来る
今、強くそう感じています。
【長女 年長 6歳4ヶ月
次女 0歳0ヶ月4日】
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