前テレビで見て、どんなとこなんやろー、行ってみたいと思ってた駅。
鶴見駅は久しぶり。鶴見線に乗り換えたのは初めてだ。
鶴見駅の3・4番線に行くと、すでにのんびりした感じ。
電車もなかなか来なかった。
来た電車は「扇町」行き。ということで、浅野駅で、乗り換えのため電車を降りた。
ここで、次の電車はいつ来んだ?と時刻表を見て、唖然。
1時間後まで来ない!!
油断しすぎた・・・・。調べてからくりゃよかった・・・。
周りには道路と工場・・・・。
結局、目的地までは たった二駅だし、電車で4分、ってあるし、歩くことにした。
人がほとんど通らない工場地帯。一人で行かないでよかった。
暇を持てあますところだった。
もくもく歩くと、すぐ次の駅、新芝浦に到着!
この調子だー!と思った矢先、警備員が目に入る・・・・。
どうやら、新芝浦から先は完全に工場の敷地、関係者以外立ち入り禁止・・・・。
今度は仕方ない。駅でさっきの電車を待つことに。歩いた意味ない・・・?
そこの駅もなかなかで、人は一人もいなかった。
海もすぐ横だし、雰囲気がいい。
ホームで走ったり座り込んだり、好き放題。
やっと待ってた電車がやってきた。
無人かと思いきや、10人くらい乗ってました。
カップルや、カメラを持った人たち。
あー、やっぱ、この路線は有名なんやな、と思いつつ、最終目的地、
海芝浦駅へ。
この数分の乗車のために、1時間待ったんやなあ・・・。
駅は途中下車した、新芝浦と似たような感じ。終着駅だけど、
外は工場の敷地だから、関係者しか、ホームの外には出れないみたいでした。
海を見てたそがれている女性、カメラを持った女の子二人組やカップル、
みんなそれぞれに(所在なさげに)うろうろ。
海風がけっこうあるのか寒くなってきたので早々に撤収しました。
おにぎりとか持ってってたら、もっとよかったなー。
健康は足から、ということで、つぼ刺激などのサンダルを
探しています。
社内でサンダルに履き替えるのに抵抗ある男でも、
これなら抵抗ない・・・かも。
革靴1日中履き続けるのはよくない。
朝、レンタルビデオ屋にビデオ返却してから会社行こ、と、
駅に向かって歩いていたら、自転車に乗った女性が近づいてきた。
「それ、ビデオ返すんでしょ??わたしも今から返しに行くし、ついでにポストにいれといたげるよ~」
え??誰だろこのひと?
と思いつつ。
あ、いいんですか、アリガトウございますー、と託してみた。
主婦っぽい雰囲気でTシャツ姿で、自転車のかごには、
自分が持ってるのと同じビデオ屋の袋。
悪い人には見えなかったし、いい人がいるもんだーと、感謝。
とはいえ、やはり少し不安だったから、ビデオ屋のホームページの会員ページを見てみると、すでに返却されてた。
まあ、あんなもの盗ろうなんて人もいないか。
借りたビデオは、周防監督の、「ファンシイダンス」 ↓↓
昨日ゲーセンで遊んで、今日は筋肉痛。
なんて劣った体力だ・・・。
たぶん原因はコレ↓
と、コレ↓
久しぶりのゲーセンはすごい楽しかった。
あと、戦車で街中で対戦するやつとかあって、結構必死に頑張った。
台場のジョイポリス行きたいんだけどな。
営業再開はいつになるんだろ?
泣きながら 「将軍様万歳!」 ってやられても、複雑だ。
日本が居心地良くなかった、っていうのは、彼女の本心かもしれない、と思う。
結局、家族を持つ人間にとって、一人で離れて生きていくのはつらいものなんだろう。
北に残してきた、大事な息子が40代で急死・・・。
死因が何にしろ(健康状態の問題、あるいはそれ以外にしても)、娘も、孫も、そんな北朝鮮で暮らしている。不安なのは当たり前なんだろうな。
でも、脱北の時の、日本への愛国心、その時、家族と離れる決意をしてたはずなこと。
そして、周りに支援の手があったこと、など考えたら。
「だまされた」って言葉は、ちょっと。
誰に対して、彼女は、「だまされた」って、言いたいんだろう。
自分なら、「帰国事業にのっかったこと」を悔やむかもしれない。
でも、彼女の夫にしてみれば、ふるさとは北朝鮮なわけで。
誰だって自分のルーツは気になるし、好きになった人のルーツも気になるんだろうな。
自分は旅行も好きだし、ここに生まれ育ちたかった、って街もいくつもある。
けどやっぱり、落ち着くのは日本だな、と思う。
脱北女性:帰国後、「私はだまされた」と再び北朝鮮へ
【北京・西岡省二】
02年に北朝鮮を脱出して日本に帰国した元日本人配偶者の平島筆子さん(66)が18日、中国・北京の北朝鮮大使館で記者会見し、北朝鮮に再び戻る意向を明らかにした。平島さんは「私は日本にだまされて行った。共和国(北朝鮮)には子供たちもいて、平壌に戻ることが幸せだと思った」と語った。中国に渡航した経緯や北朝鮮大使館に入った経緯などは明らかにしなかった。
平島さんは1959年12月の帰国事業で在日朝鮮人の夫と北朝鮮に渡り、02年12月に北朝鮮北部の両江道から中国に脱出した後、03年1月、日本に帰国した。平島さんは会見で「日本では会いたかった妹にも古い友達にも会った。しかし、日ごとに子供たちへの思いが募った」と北朝鮮に戻る理由を述べた。
毎日新聞 2005年4月18日 21時05分










