3. 音波の透過損失】 




 前章ではフルートの管内部で多重反射した音波の減衰を考えましたが、次は音波の透過について考えます。



 前章で述べたように、フルートの出音は管の開放部分(唄口やトーンホールや端部の開口部)から放射される音(前章で検討)と、フルートの管を透過して空中に放射される音(この章で検討)の合成と考えられます。





(その1)でも書きましたが、フルート管内気柱の定在波による音圧は小さすぎるので、剛体であるフルートの本体を共振させないことがはっきり判っています。 従って、ここでは共振には触れません。





 音波の透過損失とは、空中で鳴っている音が壁を通り抜けるときにどのくらいの割合で透過するのかを表す指標であり、家屋が密集している最近の住宅事情より、防音の観点から建築業界では深く研究されています。




 大きな音でカーステ鳴らした車が通り過ぎたときや、下の階の部屋で鳴っているステレオの音は、ベース音だけがやたら大きく聞こえることからも判るように、音波の透過損失は音波の周波数によって異なります。



 その簡易計算式はこのようになっています。




 TL = 18 log (f×M) - 44



TL:音波の透過損失(dB)  f: 音波の周波数

M: 材料の面密度




結果はこんな感じ。



 ここでは、オーケストラがチューニングに使うA音(440Hz)の1オクターブ高い音(880Hz)を例にとって計算してみました。




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 それぞれの材料に対して、フルートで実際に製造されている標準的な肉厚で計算しています。




 例えば木管なら3mm、洋銀なら0.3mmという具合。



 表を見ると、洋銀の管を通り抜けた音は、管の中で鳴っている音の16.5dB小さい音。 ということが判ります。




 16.5B は約0.025なので、これは1000分の25の大きさの音が管を通過して空中に放射されていることをあらわしています。



 同様に、金製の管を通り抜けた音は22.7dB。 これは管の中で鳴っている音に対して1000分の6の大きさの音が透過しているということです。






 フルートの出音が、管内部から直接空中に放射された音成分と、管壁を透過して放射された音成分の和ということを考えると、外に放射された音の合成の成分は次のようになります。



洋銀: 直接空中に放射した成分 + 管の壁を透過して放射した成分

     = 1 + 0.025 = 1.025




金:  直接空中に放射した成分 + 管の壁を透過して放射した成分
    = 1 + 0.006 = 1.006



 例えると、1025人の合唱団と1006人の合唱団が出す音の違いということになります。






 大変小さい違いですが、人間の能力は一般的な予想を上回って遥かに優秀であることが多いので、あるいは人間にも感知可能かもしれません。



 それについては文献調査の章で検討します。






 これでとりあえず物性の基礎的な確認を終了し、次の章からは国内/海外の技術文献の紹介に入りたいと思います。





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