小さい時、周りより少し裕福な家庭に
生まれて、特に不自由もなく
私は生活していました。
朝はきちんと1人1人の
ご飯が用意されていて、
きちんと掃除や洗濯、整頓がされている家。
学校から帰ると
母親がちゃんと出迎えてくれる、
夜はみんなでそろってご飯を食べ、
母親にきつく叱られた時は
優しく慰めてくれる父親がいる。
兄弟たちとはちょっぴり喧嘩もするけど、仲がいい、明日は何して遊ぼうか、
どこにいこうか、そんな話が休みの度に飛び交う、
そんな幸せな家庭で育ちました。
私が小学4年生の時。
祖父が死にました。
寿命でもなく、
病気でもなく、
誰かに殺されたわけでもなく、死にました。
その道を選んだのです。
そこから全てが狂いました。
優しくいつも味方してくれた父親は
それをきっかけに精神的な病気になり、
家から1歩も外に行こうとしなくなり、
仕事も長期期間休みました。
当然その間お金が湧いてくるわけでもなく、
家庭はどんどん苦しくなっていきました。
私は友達と遊ぶお小遣いも、
クリスマスも
誕生日プレゼントも、
親からの愛情も
当たり前にもらえていたもの全てを、
失ったのです。
母親はお金がなく、生活が厳しい分働きました。
学校から帰ると、
兄弟を学童保育まで迎えに行き、
面倒をみる。
満足に遊びに出かけられることは
妹や弟がある程度大きくなるまで
できませんでした。
一番上のお姉さんだから
面倒を見るのが当たり前、
そう思うかもしれませんが、
私だって当時10歳。
まだまだ友達と外を駆け回りたい年齢でした笑
家には精神的な病気の父親が
常にいます。
死んでもいいか、
死にたい
そんなことを家に帰ってきた私たちに言うのです。
中学校に上がり、下の兄弟たちも
大きくなるころには
父親は豹変していました。
病気のせいなのか、
もともとの性格なのかはわかりませんが、
自分の思い通りに
家族が動いてくれないと
怒鳴り散らす、殴る蹴る、物に当たる、
はだかのまま真冬の寒空の下、家を追い出される。
時には鼓膜が破けるほどの力で殴り、
聴力が回復するのは半々の確率だと
医者に言われるまでの暴力をうけることも。
それは、自分の欲しい高価なものを買ってもらえない時、(我が家は母親が家計を管理しております。)
反抗期の私たち兄弟が喧嘩をしているとき、
自分のほうが正しいと認めてもらえない時、
母親が離婚を切り出した時、
自分を優先してもらえなかった時によく出るんです。
この頃からの父親の口癖は
「俺に文句があるなら家を出ていけ」
「おまえらは馬鹿なんだから俺の言うことをきけ。」
「目障りだ、消えろ」
私はもう中学に上がってからは、
私に家族はいないと思ってきました。
こんな家族、いらない。
母親も最近私にこんなことをいいます。
「自分は血が繋がってないから縁を切ることができる、だけど、おまえたちは実の親子であって縁を切ることができない。」
「おまえは父親にそっくり。だから嫌いだ。」
私、なにかいけないことでもしたんでしょうか。
高校受験の時、私には夢があり、
その夢を実現するために
専門的なことを学びたく、H高校の
特殊な学科を受験したいと母親に相談しました。
そのとき父親は精神状態が不安定で
元気に働いていたかと思えば、
長期的に欠勤する、を繰り返していました。
お金が無い、現実をみろ、
おまえには無理だ
と、あっけなく却下されました笑
この時私は深く思います。
世の中ってお金がないと、
夢を叶えることも、勉強することも難しくなってくるんだと。
無事地元の高校に進学すると、
次も私を大きく悩ませる出来事がありました。
友人関係です。
当然高校生なら
仲のいい子と部活がない日には
遊びに出かけたくなるものですし、
遊ぼう!と誘われます。
でも、私はお小遣いももらっていないし(貰える余裕が我が家の家計にはない)
部活もやっていてアルバイトもできなかったので、
そんなお金はありません。
仲いい子からのお誘いを泣く泣く断る、
そんな3年間を過ごしてきました。
遊びたいのに遊べない、
苦痛で仕方なかった。
当然、新しい流行りの服も
化粧品も買えませんでした。
今考えると
そこが人生で一番の後悔というか、
なんで私は友達と遊ぶことも
我慢しなくちゃいけない?
ってただただ不満しかなかったです。
家族に対して暴力や暴言を吐いて、
自分のことばっかりの父親のために
なんでこんな我慢しなくちゃいけないの?
って不満でした。
多分、母親も妹や弟も
そう思ってることでしょうし、
妹や弟に至っては、
幸せだった期間が
私より短いと考えると気の毒でなりません。
そんな中、またしても進路を考える時期が来ました。
勉強大好きな私は大学進学を
ぎりぎりまで諦められなくて、
大学進学で進路相談の先生に
相談してました。
奨学金制度も使えばなんとか行けるかもしれないと母親に相談しましたが、
そんなのあっても、足りないくらいうちは苦しいと言われ、
高3の夏休みも目前のときに
大学進学を諦めました。
この時期、父親が新しいバイクが欲しいと
駄々をこねたり、
母親が交通事故にあって、
車も廃車になったり、厄災ばかり降り注いでいて、人生のどん底を味わいました笑
なんででしょうね、神様のいたずらですかね笑
私何か悪いことしたんでしょうか笑
社会人になり、
やっと自分で使えるお金を手に入れた私は、こう決心しました。
妹や弟ももしかしなくても
私みたいに、友達と遊びたくても
遊べない、周りが持ってるものを1人だけ持ってない
そんな惨めな思いをしてるんじゃないか。
だったら今若くて自由に使えるお金があるうちだけでも、少しでも
そういう思いをしなくて済むように
私が支えようと思ったのです。
母親が欲しいと言ったものは
買ってプレゼントしました。
妹や弟が修学旅行の時は
新しい服やキャリーケースも自由に選んでもらって、会計は私が笑
今の目標は家を出ることです。
正直もう父親がいる家に帰るのが
苦痛で仕方ないのです。
それに私が家を出れば、
なにかトラブルがあった時、
私の家を逃げ場にしてほしい。
もし、願い事が叶うなら、
この世の中に生まれてきたくなかったです。
この世の中に生まれるという選択肢を
過去に戻って消してしまいたいです。
楽しいことももちろんあるし、
幸せなことも沢山あります。
友達と話したり、ご飯に行ったり、
趣味に没頭したり。
でも、もう家族での幸せは望めません。
父親は私に言います。
「消えろよ、出てけよ。俺の前から消えろよ。」
ではなぜ私は生まれたのでしょうか笑
望まれていないのなら
生まれてきたくなかったです。
みなさんは今幸せですか?
当たり前に生活できることに
感謝していますか?
朝はおはよう!って家族みんなで
ご飯が食べられること、
お父さんが元気に働いて、
みんなが学校や会社に行くのを
見送るお母さんがいる。
休みの日にはのんびりしたり、
家族で出かけたり。
綺麗に片付けられて、
掃除や洗濯もきちんとされてる家。
季節ごとのイベントや
誕生日や成人式、
きちんと祝ってくれる人がいることに
感謝していますか?
ちょっと喧嘩したくらいで
大っ嫌い、消えちゃえばいいのに!って言ったりしてませんか?
もし言ってたなら、
お母さんやお父さん、兄弟姉妹に
ごめんねって言おうね。
当たり前や普通
それが一番の幸せだと私は思います。
どうか大事にしてください。
そしてこれがざっくりではありますが、私の人生のすべてです。
嘘みたいで本当にあった私の人生のすべてです。