存在し続ける「価値」そう言えることが何かあるとすれば、それは「進化し続ける」ということだろう。自分とは「才能」であり共有財産の一部で、今の仕事は天職なのだ。人の心は、明るく、柔らかで、温かいヾ(๑╹◡╹)ノ"
今年の3月は今まで経験した中で一番早く過ぎているそう感じる原因を考察すると時間に追われる私の生活モクレンと桜が同時に咲くリズム既に5月のような爽やかに吹く風春らしいひと時を感じる時間が少なかったことが主な要素かもしれない先日、満開の桜を街で見かけその日の夜に夜 桜を見てきた今シーズンは新型感染症にひと区切りついたこともありライトアップが再開!桜を見ているとちゃんと春がここまで来たのだと分かる
ようやくひと息つける。正月バレンタイン確定申告ホワイトデー毎月、特別なイベントがあり仕事と催事で私が私と向き合うことがついつい後回しになってしまう。自分の心に意識を向けてみるよーく聴いてみる言葉、音、映像、ふわふわした感覚大切に思う人が何人も浮かぶ。家族、友、仲間もいるけれどその中には普段会うことのないずっと前に離れて以来連絡もしたことのない人や時々会うけれど上辺の付き合いの人も含まれている。大切に思う人それは、私にとっては居心地の良い人なのだと思う。普段会うことがないのに居心地が良い人はよく知っているようで知りすぎたら終わってしまいそうなずっと一緒に居てはいけない人たち。憂鬱な人間関係邪魔に感じる人たちと同じ距離感で真逆に位置する。連絡先も分からない、或いは、SNSで見つけても正門を開けて会うのは困難な心にずっと引っかかっている関係。ちゃんと別れたわけでもなく自然消滅のような今でもどこかで続いているような居心地のよい人のままであってほしい。そう願う自分の身勝手にも気づく。もしもこれから何度も連絡を取ることにしたらもう大切ではなくなってしまうかもしれない。人の心、価値観、生活環境は変わるもの。子供は大人に大人も心は変化する。別れた恋人との復縁は考えられないようにこの際、白黒付けるのも良いかもしれない。人間関係の整頓をする時に心が暗くなる、憂鬱になる人は遠ざけようと言うけれども、行ったり来たり三寒四温付かず離れず恋 のような関係は、どうなんだろう?遠ざけても引き寄せたくなるし近づけば嬉しいのに先が不安になるダメになるかもしれないしもし心寄り添うことになっても今の生活環境や頑張る意義が大きく変わる。まるで昨夜の春の嵐のように温かく湿った風はやがて北風となり寒い冬を呼び戻してくる。たぶん私の場合、決着をつけることなくまた日常の忙しさに紛れていつかまたどうしてるかな?と、思い出すのだろう。近所で、モミの木の実を見つけた。花粉を放ったあとも尚、木にくっついている。その枝についた芽はもうすぐ、花や緑が開くようです。
類は友を呼ぶ。友は選べとも言う。持つべき友は、何トモ?幼馴染みを含む、学生時代の友達と、たまに会う。そのうち、幼馴染みには投資の話をもちかけて、今では情報交換をしている。それはそれで楽しい♪同じマンション、働いている職場、ご無沙汰中のバンド、それぞれに仲間と思える人たちがいる。友達かというと、何か違う。何が違うか、今ひとつ整理で きていないけれど、友達とは、共同作業とか、明確な目標や利害関係を超えたやりとりができているように思う。どちらが大切かという話ではなくて、応援し合える関係なのかなと思う。共同作業、同一目標のうちの、自分が任されたポジションという領域に捉われることなく、自分らしさで向き合えるのが、友達なのかな、という整理をしてみた。そう考えると、友達づくりは重要ダネー(*´∇`*)
現在、食べるために仕事して稼ぐ生活、いわゆる、ライスワークをしている。その中で、機会があれば貯蓄したり、投資をしたりしてきた。たぶんこれからも続ける。プチ贅沢とか、自分へのご褒美とか、半分以下にして、積み上げることにしてきた。期間は新型コロナウイルス感染症の騒ぎが始まってからこれまで、およそ3年。ちょっとした旅行に行くことができた。額面はmacbookが買えちゃうぐらい貯まっていて、この旅で、ほぼ使った。ライスワーカーでも旅行に行けた。そして、改めて思った。ライフワーカーになりたい。なれるような気がしてきた。もう一度、何のための仕事か、考え直す機会になった♪
今日はローソンの新作マリトッツォを食べた。ローソンと言えば、UchiCaffeシリーズ。いろいろな冷蔵スイーツがある。生クリームを使った商品がいくつかあるけれど、マリトッツォだけは特別だと思う。クリームだけのことを言えば、プレミアムロールケーキは贅沢なのだけど、マリトッツォに関しては、クリームをサンドしている生地と、クリームに仕込まれているネタがキレイにマッチする、と、私は感じます。今回はチーズソースです。マリトッツォの中に、ふと出てきてくれます。おもいっきりチーズというより、マリトッツォを最後まで美味しく食べられる、そういう絶妙なバランスを狙っていそうです。前回のヘーゼルナッツチョコもマリトッツォであることを意識した、少量で強いアクセントでした。また、食べたい(^¬^)今日は、お腹も空いていたし、夜だけど寝る4時間以上前だし、今月は、浪費をマリトッツォの額面以上に抑えた後だし、マリトッツォというリスクを取るために、条件も商品もバランスOK! であった、と、思う。たぶん。リアルマネーの投資の話にしようと思ってたけれど、やっぱりやめた。マリトッツォを食べた時の幸せ感は、物質、金銭としては消費でありながら生きている こと全体を通して見れば、投資だね。
地球温暖化と共に、日本は亜熱帯気候になるという話を聞いた。確かに南国というと、暑い陽射し、白い雲、青い海、という夏イメージ。一方で、スコールや嵐といった風雨も強い印象がある。この夏の日本は、暑い陽射し白い雲、青い空スコール並の集中豪雨梅雨の戻りのような不穏な空南国の世界に近づいているΣ(-᷅_-᷄๑)このまま暑 くなっていくのなら、街路樹のプラタナス、ナンキンハゼ、既存のものはそのままでいいとして、新規はバナナパパイヤあたりを植えてみると、育っていくかもしれない^ ^ バナナは草だけどねー今日も雨で、しばらく天気予報は傘マーク。カラっと晴れて、安定した夏空が、また来てほしい。
セルフイメージの向上とか、深層心理に働きかけるとか、いろいろ試してみて、そこで学ぶことができた本質について、平たく言うと、自分とは何か。ということだった。自分という人間が今日を迎えるまでには、実に様々な経験をしてきている。中でも、自分自身が「学んだ」という経験は、人生に大きな影響を与えてきた。初めての学びは、母親の体内に居る時に始まっており、五覚は誕生日を迎える時には整っている。生誕してから、自分で生きていくために、自分が芽生える。幼少期、思春期を経て、人格が形成される。しつけ、失敗、恐怖、命の危険回避をしてくれる多くの「規制」 と108とも言われる煩悩、自分の欲求に向かうための「自由」 を天秤にかけるように、自分というバランスを取る。ある時、「自分とは何だろう?」と、疑問に思った時には それまで経験してきた、実に多くの「ダメ」「やめよう」「面倒臭い」といった、危険回避の思考が慢性的に自分を支配している。私と同じように子供時代に、何かを忘れてきた気がする。そんなふうに思う人は、親、兄弟、友達、先生、関わる人から何度もこれしちゃダメ、こうしなきゃイケナイ、それではムリ、などの言葉をかけられ、解決したい問題をそのままにしてきているはず。解決したい問題とは、食べたいとか、遊びたいとか、作りたいとか、欲求が叶わないことについての葛藤が正体である。葛藤という問題を解決する方法を見つけられないまま、また次の葛藤がやってくる。こうした流れは、「諦め」を選択することになり、常習的に諦めることで、自分の本心を無視する、自身を否定していくことになる。すると、大人になった時に改めて思う。子供時代に、何か忘れてきた。人生つまらん。なので、今からでも間に合うから、問題は解決していきたい。大人になる前に、人生つまらん、なんて思うと、増して、人生つまらんのに生きてる大人に囲まれると、お先真っ暗になる。お先真っ暗。↑日本人の多くがお先真っ暗、或いは未来に希望が持てない状況。解決する方法は、ある。あるのに、知らない人が多すぎる。義務教育では必須科目にないので、知識として知らないのは仕方ない。少なくても、私の手が届く人には伝えておきたいし、結果的に人をオトシめる循環からは護りたい。問題は、ちゃんと解決しよう(=´∀`)人(´∀`=)
何年か振り、飲み会、たぶん人生初のビアガーデン!何杯飲んだか分かりません。次の日。記憶は曖昧、体しんどい、頭いたーい、何やってんのーー職場で、上長を交えた会でしたが、ご機嫌取りは一切しておりません。社内営業も今回は横に置いておいて、気の向くままに絡んで、飲んで、呑まれてしまったーよーうです。地味に今日までしんどい始末(笑 )同僚とのコミュニケーションが取れたので、それで良しとします!暑い日のビール、おいしかった♪(*^^)o∀*∀o(^^*)♪
私は、夏が好きで、今年のような猛暑でも、晴れてカラっと暑いのであれば、幸せな気持ちになる。何がそんなに好きなのかといえば、そんなに好きなものなんてなくて、子供時代に夏休みには友達と遊び、大人と 海で遊び、いろんな仲間で山で遊び、スイカをたべたり、かき氷を食べたり、水出し玉露を飲んだり、花火をしたり、アサガオや野菜の観察をしたり、、、、遊んだことばかり記憶に残っている。あとは、岩盤浴も好きなので、焼けるような陽射しが、岩盤浴の熱源とよく似ている。ちなみに、夏に項垂れてクタクタの人をよく見かけるけれど、個人的には寒いよりうんとマシで、冷房で冷えすぎると、昼間の陽射しが自然の恵みであるとさえ思えてくる。よく考えてみると、ひとりで夏を満喫したことはなくて、大人になった今、夏が楽しく感じるのは、過去の思い出があるからなのかもしれないとさえ思えてくる。あさって、職場でコロナ明け初の飲み会で、人生初のビアガーデンに行く予定♪コロナ明け、という表現は倫理的にマズいかもしれないな(笑)昨日、今日と、夏を感じられるので、かき氷を現在進行形としている♪スガキヤの ライチ氷 この夏の推しメニューらしい。ナタデココが乗っていて、涼しげ(´▽`)