みずいろのブログ

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ブログを通じて何かしら自分の悩みや経験が誰かと共感できればいいなと思ってはじめてみます。

私は物心付いたときから乞音でした。
乞音とは、話すときに最初の言葉が出づらかったり
出ないから無理して出すと、「あああああ、あのね」とか連発したり
連発が恥ずかしいからじゃぁ出るまで伸ばせばいいかなと「あーーのね」 
と、言ってみたり
言葉を話したいときに喉に蓋がしまるような感覚になることです。

この事から小学生の頃から現在に至るまでずっと悩まされてきました。
一番最初につまずいたのは小学生の国語の音読。
順番が回ってきて、椅子から立ち上がりながら調子をととのえます。
調子を整えると言うのはタイミングを合わせるためです。
乞音は体のどこかで何かをたたきながらや、動作をしながら話し出すとうまくいったりすることもあるのです。
でも、いざ読もうと思っても最初の言葉が出てきません。
教室が静まり返り皆私の読み出しを待っています。
教科書を持つ手が汗でびっしょりになり、なんとか読もうと思うのに喉に蓋がしまっているのです。
いつまでたっても読み始まらない不自然な私に皆の視線が集まります。
隣の席の子が不思議に思って「大丈夫?」と聞いてきます。
私は変に思われている。顔はひきつっていたかな、もう頭はフリーズです。

さすがの先生も見かねて、なん行めのここだよと教えてきて、私が読むとこがわからないと思ったようでした。
「あ、こっっここからですね、えーっと、、」みたいになんとか話し出すことができる。
何十回とこんなことがあり、私はすっかり音読恐怖症に。
音読や発表の日は学校休みたいと泣いてすがったり、前の日に風邪をひくような行動をとってみたり、、子供ながらに乞音から逃げようと必死でした。

乞音であることは恥ずかしいこと、変な目で見られること、普通じゃないこと。
思春期にはいる私はこの乞音症状を隠すことに一生懸命で、普通であろうと努力しましたが、乞音から逃げることはできませんでした。

幼少期からの精神的なストレスの積み重ねがさらに治りにくくしているのかもしれませんね。

今日はこのあたりで。