さて。また俺の嫌いなこの日がやってまいりました。
日本各地で、戦没者を弔うという建前で自国を貶めているこの日です。
お前ら今はそんな被害者面してるけど、当時は戦争にノリノリだったろう?
一部の政治家・軍人が何とか戦争を回避しようと努力ていたのに「鬼畜米英」「大東亜共栄圏」って叫びながら自分らに酔ってたろう?マスゴミもそれを煽ってたし。
それがなんだ?爆弾が空から降り始めたら手のひらを返したように被害者面し始めやがって。
いいかげんにしとけよ?
そして今はまるで特定アジアの連中の如くいつまでも過去のことにこだわりやがって。ちゃんちゃらおかしいわ。
日本人の長所でも短所でもあるところは「過去を切り捨てられること」
今はそれができていない。だから国際社会からなめられる。
いや、日本人だけの長所・短所ってわけじゃないな。過去を切り捨てられるのは。
欧米諸国なんて自分らが過去にやってきたことを綺麗さっぱり切り捨ててるから。
「過去を切り捨てられること」が国際社会で抜きん出る為の必須アイテムなんだろうね。きっと。
過去に拘るのは特定アジアとイスラム教徒の一部の連中だけだよ。
こんなこというときっと“正義の味方(自称)”反戦平和団体のおバカさんたちは「過去を忘れるとまた戦争を起こすに違いない。だから過去を忘れてはいけないんだ」というでしょうね。
誰も「過去を忘れろ」なんていってねーよ。「切り捨てろ」っていってるんだ。起こった事は起こった事として正しく書きとめておかなければいけないよ。これは当然。どっかの半島国家みたく過去をでっち上げるなんて言語道断。
なんていえばいいんだろうな。もうそろそろあの戦争を「体感」や「感情」じゃなくて「歴史としての記録」にする時期じゃないのかな?戦争経験者も減ってきてるしね。無理してあの戦争の「体感」や「感情」を引き継ぐ必要はないかと。
本田宗一郎さんが言ってた「人と人の距離が縮まれば争い事は減る」って言葉。今はその状態だと思うんだよね。爆発的なインターネットの普及で。まぁ未だに共産主義とか資本主義とか宗教対立とか成熟した社会には不必要な“距離を縮められない壁”は残ってるけどね。
あと、生活水準の向上。これは争いを減らすのには効果的だと思う。これは国や為政者だけに任せていちゃだめ。こっちも頑張らないと。反戦平和団体の皆さんもそれを叫ぶエネルギーがあるなら、生活水準向上の為に自分で動いてみない?
とりあえず「敗戦記念日」に思いついたことを書き並べてみました。
乱筆乱文失礼いたします。