結局私は、単純に
お母さんに、ありのままの自分を愛して欲しかった
と言う、なんとも、子供っぽい感情に辿り着く。
誰かと比較されて烙印を押されて傷ついたり、
期待に応えたくても、それがやりたくない事だったり、苦手だったりで、親をガッカリさせては傷ついた。
でも、それもこれも、
そんな自分ではダメだって自分で思い込んだだけ。
確かに辛かった。
でも、いつまでもそこにいちゃいけないよね。
もう私は大人なんだから。
自分の思い込みの鎖を、自分で断ち切らなきゃね。
私はなぜ教育にこんなにも嫌悪を感じるのか、考えてみた。
何かを教えると言うことが、洗脳にならないか、と言う恐れ。
過去に家庭という枠組みの中で逃げ場なく選択肢がないように感じた恐怖。
何かを断言すると、同時に何かが間違いになる。
私はまっさらな子どもに、私の主張で影響を与えてしまう事を恐れている。
もっと価値のある可能性を潰してしまう原因になってしまわないか。
私は、その責任が取れるの?
責任って言い出したら、本当には子どもの可能性を信じてない事になるかな?
結局、世の中、お互い影響しあって成り立っているし、
どうしたって、親は子どもにトラウマを渡してしまう。
何かを達成しようとしたら、何かは捨てなくてはならないかもしれない。
だから、全部飲み込んで、
私はどこを目指していくのか。
それでも伝えたい事はなんだろう。
自分の信念をはっきりさせる、
腹をくくって決めていく時が来たのかも。
さっ、風の時代
もっと軽やかに、高い位置から物事を見られるようになりたい😊
