久しぶりのブログ更新。

このごろいろいろと生活に不便が多くなり、PCもなかなか思うように使えなくなった。

歳のせいと言うことにしよう。久しぶりに娘が来たので見てもらったら簡単につながった!

あな悔し。

そこで何を書こうかと庭に出たら、大根の花が咲いていた。

 

去年の暮れ、近所のササキさんに大根をいただいた。

土に埋めておけば、雪が積もっても掘り出して食べられると教わり、スコップで掘って埋めておいた。

緑色の茎の部分を少し地表に出したのは、目印でもある。何しろ当地は雪が数十センチも積もる。

こうして一本ずつ掘り出しては食べたのだが、食い切れずに残ったのがあった。

それが春になって茎をのばし、80㎝にもなって、先端に白い花を咲かせた。

 

これが意外ときれいなのだ。

大根は確か、アブラナ科 のはず。アブラナ科と言えば菜の花を思い出す。ナタネ油をとる植物だ。

だから、黄色い花を咲かせると思っていたのに、白いのだ!そして、きれいなのだ!

4弁の花弁が梅の花のように並んでいる。(梅はもちろん5弁だが)

 

「大根の花」は、何かで読んだような気がするが思い出せない。

きっと、「意外ときれいだった」という内容だと、勝手に連想した。

残念だが、今の私にはこれを主題として物語も詩も書けないので、ここにそれを報告として、一文とする。

朝はラジオ体操をもう何年もやっています。「新しい朝がきた」と歌も歌い、第一も、第二もちゃんとやっています。

それから大腿筋のためのストレッチと、ふくらはぎのための運動もしています。

おかげさまで、なんとか元気でいます。

一日約4000歩、歩いています。

夕方、小学校の通学路を3000歩。

近くにあるため池にいた白鳥も飛び立ち、毎日景色がいろいろと変化します。

雪が融けて、まず最初に咲いた花は、イヌフグリでした。

 すごい名前ですね。ちゃんとした名前なんですよ。なんでも、あの、牧野富太郎博士が名付け親とか。ホントかな?

 次に土筆(つくし)が幼い筆先を揃えました。

   中学校のころ、俳句をやっていた国語の先生が、ツクシは別名「筆頭菜」と言うと、教えてくれました。

   だがあれから66年ほど経ちますが、筆頭菜という語に出会ったことがありません。杉菜はありますが ・・・。

 その先生ももうお亡くなりになりましたから、確認はできませんが。

 そして、バッケが芽を出しました。 バッケと言うのはフキノトウのことで、お婆さんのことではありません。

 このバッケの語源は不明です。ボッコ・ボッコと芽が出るので、バッケになったのかな?

 それとも、ずっと昔、当地がまだ大和朝廷に支配される前から、蝦夷の時代から伝わる古語かな?なんて、勝手なことを考 

 えています。

  昨日は久しぶりに 蚊柱 に会いました。蚊柱の蚊はユスリカという蚊で、人は刺さないけど軒の下や枝の下などで、

  群れて柱のようになるので、そう言います。

 下水道が普及して、汚れた水の溜まっているところが少なくなったので、最近あまり見なくなりました。

 そこで、なんとなく素人俳句ができました。

   蚊柱を払えば夕陽の落ちる峰

 蚊柱は夏の季語だと歳時記にありますが、季節感が変わったんですね。

 

今月1月10日の岩手日報に私の書いたエッセーが載ります。

予告です。

これまで岩手日報文学賞・随筆賞受賞者が交代で書いている、「みちのく随想」という欄です。

私がこの賞を頂いてからもう20年以上になりますが、年に一回くらい当番が来ます。

400字詰めで4枚。1600字ですから、それなりの長さですね。

何を書いたか?はやっぱりここでは言えませんね。

どうぞご購読を!

 

元旦から大雪で、何度も外に出ては雪かきをしました。

おかげで(?)歩数計が10000歩にも達しました。

これで体力がついたら、雪様のおかげです。

 

数年前から年賀状を出すの、やめました。

単に、「賀春」だけとはいきませんので、結構大変になってきたからです。

送っていただいた皆様、ごめんなさい。

 

雪掻きをしていると、お隣の方と話すこともあって、案外良いもんですよ。

さて、今年はどんな年になるかな。

何かを作っていないと済まない性分なので、動けるなら、きっと何かは作ると思います。

 

張り子? 文章? 俳句? 或いは人前での講釈?

そんなことをして、暮らしたいと思います。

どこへ行っても熊の話が出るので、「そうだ、宮沢賢治に『なめとこ山の熊』というのがあったっけ!」と思い出し、読んでみた。

猟師の小十郎は熊を撃って、その場で解体して肝を取り出し、皮を剥いで川で洗って、町の荒物屋に売りに行くんだ。

そして荒物屋の旦那に「安くても良いから買ってくれ」と、哀願する。

「んーん、やるせないなあ」

肝は分かるとしても(薬効がすごいらしいから)、熊の皮なんて買う人がいたんだろうか。

ところが、どうやら敷物としては高級品だったらしい。なにしろ、絨毯なんかない時代だからねえ。

と、そんなことを思った。

まあ、いろいろの読み方、解釈があるようだが、これがとりあえずの感想。

どこへ行っても熊の話が出るので、「そうだ、宮沢賢治に『なめとこ山の熊』というのがあったっけ!」と思い出し、読んでみた。

猟師の小十郎は熊を撃って、その場で解体して肝を取り出し、皮を剥いで川で洗って、町の荒物屋に売りに行くんだ。

そして荒物屋の旦那に「安くても良いから買ってくれ」と、哀願する。

「んーん、やるせないなあ」

肝は分かるとしても(薬効がすごいらしいから)、熊の皮なんて買う人がいたんだろうか。

ところが、どうやら敷物としては高級品だったらしい。なにしろ、絨毯なんかない時代だからねえ。

と、そんなことを思った。

まあ、いろいろの読み方、解釈があるようだが、これがとりあえずの感想。

世田谷 代田で本を出したり、縁起物などを売っている 「ふくもの堂」さんから、気の早い賀状と、太田垣晴子さんの出した「ことわざ 絵つづり いろはかるた」という本をいただいた。私の作った張り子も置いてもらっている御縁だと思う。

この本、面白い! いや、評するほどの者ではないが、オモシロイ。

「せ」の、「雪隠で饅頭」には笑ってしまった。落語の「饅頭こわい」や、若い頃の大雨のテントの中での脱糞やら、いろいろ思い出した。

後半に、「ウンスンカルタ」があって、「ハッ」とした。「どこかで見たはずだ!」

「うなゐの友」という郷土玩具の古典(?)にあったはずだ!

あらためて本棚からこの本の復刻版(芸艸堂)を出して調べたら「あった!」

さあ、真面目に読んでみやう。

と、旧・かな書きにした。

 

 

つねおさんは私と同じ申年で一回り上。つまり今年93歳です。

弟子時代から修行した大工さんでしたが、今は引退。悠々自適。

庭に「秘密基地?」みたいな小屋を作っていて、薪ストーブを置き、壁には学習用の黒板が架かってあり、図書も貸し出しています。

家庭菜園と言うには立派な畑があって、大根、玉ねぎ、キュウリ、トマト、白菜、ピーマン、カボチャ、んーん、まだまだ植えています。

近所の人たちは廃材や庭木や燃える物はゴミには出さず、このストーブの薪に使ってもらおうと持ち寄ります。

ですから庭には数年分の薪が積んであり、煙突からはいつも煙が出ていて、大きなヤカンは湯をたぎらせています。

私たちはここを、「つねお公民館」呼んでいて、私は殆ど毎朝、ラジオ体操を終えるとコーヒー用のマイカップを持って約150歩歩いて、この公民館に行きます。そして自分でインスタントコーヒーを炒れて飲み、近所の人達とおしゃべりをします。

帰り際に、季節季節の野菜をいただきます。

申し訳ないなあと思うけど、野菜代を払ったことがありません。

正に理想郷です。 はい、自慢話でした。

♫ ある日 森の中 クマさんに 出会った

 

いいえ、私は出会っておりません

近所には出た!という話も聞きますが、私の周りでは聞きません。

童謡では可愛いクマさんですが、どうやら獰猛なようです。

毎日散歩をして体力保持に努めていたのですが、寒さと熊のせいで、休みがち。

代わりに室内で、ラジオ体操やってます。

♫ 新しい朝が来た 希望の朝だ

と、声を出して歌ってから、やってます。第一も、第二も、ちゃんと。

もうすぐ雪が降れば、熊も冬眠に入るのではないかと、期待しています。

 

近所の家の柿の木は、大きな実を誰も採らないので、「採った方が安全だ」と、仲間が集まって採り(盗り?)ました。

干し柿にしたり、焼酎で渋抜きをして、ビタミン補給。おかげで?元気です。

 

 

北上市立「鬼の館」でやっていました、張り子作品展、終了しました。

約、80日に及ぶ展示会でしたが、大勢の方々に来ていただき、ありがとうございました。

ずっと会場に居たわけではありませんでしたので、折角お越しいただいたのに、お会いできなかった方もいらっしゃいます。

すみませんでした。

トラブルと言えば、熊の出没情報があって、急遽臨時休館になったことでした。

事故があっては大変ですから、止むを得ませんね。ご理解ください。

これだけのことをやって、今はちょっとホッとして、「ナーンニモシタクナイ」気分ですが、充電します。