資本主義と空の実践について論じたが、これは俺の人生の目的が資本主義の追求だというわけでは決してない。

 

 

今の俺の人生の柱にあるのは龍樹の「中論」だ。非有非無、あらゆるものを空じて見解から出離し、仮に世界を執って観ることで立ち上がり、利他を行い菩薩の道を行く。

 

 

その中で仮設した世界にはゴールがあり、あくまでその利他のゴールに向けた行動の中の一部としてその追及が必要なだけにすぎない。もし必要が無ければ追求するまでもないものだ。

 

 

利他、とは言ったがそもそもが無我であるので他もない、ということになるがあくまでこれも仮設したものの見方として利他。簡単に言えば自分だけがハッピーよりもみんなも一緒にハッピーならそちらの方がよいだろう、というだけの話。