朝の空気はまだ静かで、窓の外には昨日と変わらない景色が広がっている。 それでも再生ボタンを押した瞬間、日常はわずかに形を変える。 音楽は何かを劇的に変えるわけではない。 ただ、同じ一日を違う物語として受け取らせてくれる。 部屋に流れる旋律は、生活の隙間に入り込み、言葉にならない感情をすくい上げる。 コーヒーを淹れる音、時計の秒針、遠くを走る車の気配。 それらが音楽と重なり、ひとつひとつの場面として心に残る。 日々は単調に見える。 けれど注意深く耳を澄ませば、同じ日は一つとして存在しない。 朝の気分、光の角度、選んだ曲のテンポ。 その違いが、物語の語り口を少しずつ変えていく。 音楽を聴いていると、過去の記憶がふいに浮かび上がることがある。 特別な出来事ではない。 あの頃の部屋のにおい、窓から見た空、何気なく口ずさんだ歌。 それらは音に導かれて、今の自分と静かにつながる。 物語は遠くにあるものではない。 洗い終えた皿を棚に戻す動作や、読みかけの本を閉じる瞬間にも、小さな始まりと終わりがある。 音楽があれば少し違う角度から振り返ることができる。 感情を整理できなくても構わない。 ただ音に委ねることで、今日という一日を否定せずに受け止められる。 夜が近づくにつれ、選ぶ局は自然と穏やかになる。 明かりを落とし、静かな旋律に包まれると、昼間の出来事が一枚の風景のように遠ざかっていく。 日常はここで終わり、同時に次の物語への準備が始まる。 毎日の小さな場面の連なりだ。 音楽はその一つ一つをつなぎ、流れを持たせる。 派手な展開はなくても、確かに心に残る物語がそこにある。 明日も同じように始まるだろう。 でも音楽がある限り、日常はただ繰り返しにはならない。 静かに紡がれた物語は、今日も確かにある。
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