3か月間、臨床心理士のカウンセリングを受けた。
その人はマトリックスヒーリングというもので出会った人で、
今はヒーリングはやめて、ユング派の臨床心理士としてカウンセリングをし、
小学校のスクールカウンセラーもしているそう。
ヒーリングを何度か受けたことがあったのだけど、その頃から夢や無意識に関心がある様子で、加藤諦三先生の著書をよく読んでいると言っていた。
その頃の私は、目に見えないエネルギーなどにおいては他力本願で(というより自分では見えないので、他者に頼らざるを得ないというかんじ)、ヒーリングを受ければ何か変わるのかもしれない、苦痛から逃れられるのかもしれないと思っていた。
だから何度かヒーリングは受けたことがある。
マトリックスヒーリング、アルクトゥルスヒーリング、レイキなど。
多少効果はあったと思うのだけど、私には見えないため何をやっているのかわからないし、ヒーリングなのか話すことでのカウンセリングの効果なのか定かではない。
ただひとつ言えることは、
なぜあんなに金額が高いのだろう?!
看護師の時給は高くても3000円弱(応援ナースなどの派遣で)なので、
それを考えると、何を基準に設定しているのだろうと今では疑問に思う。
ユング派のカウンセリングは2ヶ月目までは週に1回、3か月目は2週間に1回の頻度で、その後は夢を見なくなり一区切りついたかんじがしたため、とりあえず終了とした。
カウンセリングを受けはじめた1ヶ月目は、とにかく話を傾聴してもらった。
並行して、毎日思ったことをノートに書いて気持ちの整理もしていた。
書くテーマは決まっていないのだが、思いついたことを書き始め、分析をした。
その時のこじれた人間関係は、私の場合、親子関係の再現だということに気づいた。
それだけ親へのネガティブな感情や、言いたいことを抑圧して生きてきた。
しかし抑圧が限界を迎え、抑えきれなくなり、溢れてきたのだ。
自分の内面に目を向けるのは、本当にきつかった。
すぐに逃げようとしたり、物事の意味を自分の都合よく解釈する自分がいる。
自分一人でこの作業をやっていると、よほどの覚悟がないかぎり進まない気がする。
カウンセリングは、看護師みたいに目標やゴールがあり、それに向かって積極的に介入し自立を促す働きかけはしないらしい。
私のカウンセラーに聞くと「伴走者」と言っていた。
現実の私として関わるのではなく、非日常の私と会って話すかんじだそうだ。
だからカウンセラーから「最近どうですか?」みたいな連絡はしない。
必要なときはこちらから連絡する必要がある。
カウンセリングの時間は、どんな私も100%否定せずに、とりあえず受け入れてくれて、必要があればカウンセラーが意見を言うときもあった。
はじめは怒りやネガティブな感情が出てきて、それを自分が否定せずに受け入れるということが続いた。
(今気づいたけど、カウンセラーがお手本を示してくれたのかも?!)
夢分析では現実の状況と比較してみたり、自分の感じたことを話したりした。
夢には無意識の自分(魂やハイアーセルフと言ってもよいのかも)が、強く表現されるため、それを目印にして物事を深堀したり、現実の方向性を考えたりした。
最終的に私は母親への恨みつらみ、ネガティブな感情をもつ自分を否定しなくなり、幼少期から母親に「自分の尊厳を傷つけられてきたこと」に気づいた。
本当に辛かった。
このことを考えると今でも涙があふれる。
たぶん、私はこれに気づきたかったのだ。
患者さんや子どもや、うちの犬みたいな小さい生き物などの、
弱きものを守ること、暴力や傷つけることを受け入れない・許さないこと、
私がこれらにこだわっていた理由は、他者にかつての自分(インナーチャイルドだと思う)をみて必死にその子を守り、親に復讐していたのかもしれない。
このからくりに気づいたとき、子どもの健気さと純粋さ、真っすぐさを感じた。
目から鱗だし、投影がちょっとわかった気がした。
親がそのような態度をしていた、悲しい事実や心理にも気づいた。
親も子どもだったのだ。
親も自分の親に気づいてもらいたいのだ。
それと承認欲求というにはちょっと小さすぎるのだけど
「少しでもいいから注目してほしい」ことに気づいた。
注目がないと存在していないのと同じ、注目がないと生存できない、
みたいに私は感じていたのかもしれない。
スピリチュアルでいう量子力学のようなイメージなのか?
私は自分を幽霊みたいな存在だと思っていたのかもしれない。
ただ、誰かに気づいてもらいたい。
気づいてもらえたり、自分が何かして喜んでもらえると嬉しく嬉しくて、
自尊心を傷つけ金を搾取する母親にも依存していた。
ちょっとした無関心でも積み重なると、魂に傷がついたのだと思う。
心が傷つくというより、魂に刻まれてしまう。
これだけ長い間執着していると、来世に影響するという考えにも納得だ。
その傷を埋めて修復するのは、やぱり愛しかないと思う。
「自分を愛する」これが簡単にできたらいいと思うのだけど、実際には私みたいなアダルトチルドレンには難しいのかもしれない。
「無条件の自己否定」が邪魔をするからだ。
これを無条件の愛に変換するためには、きっと現実での他者との関りが必要。
「他者を愛することで自分を愛する」 とか 「自分=他者」
私はまだこれが腑に落ちていない。
きっとこれからはこのレッスンが始まるのだと思う。
カウンセリングをこのまま受け続けようかなとも思ったけど、
以下のような理由から一旦やめることにした。
・夢を見なくなった。
・無意識ばかりに目を向ける時期ではないと感じた。
・カウンセラーが目指す方向性が見えた=そのように私が振舞ってしまいそう。
・非現実ではなく、リアルな人間関係がほしい。
・金銭的に、今は無駄遣いな気がした。
(やっと投資を始めたので、そっちらにまわしたい)
これが休憩になるのか、終了・卒業になるのかはわからない。
でも私のカウンセラーはきっと待っていてくれる(受け入れてくれる)のは確か。
これが安全基地なのかもしれない。
リアルでないとしても彼女との信頼関係があるので、安心して自由にできる。
料金は発生したとしても、心で感じているこの体験は私の内面で起こっていて、
きっとそれも魂に刻まれているのだと思う。
(だから、金銭的なこととは別問題)
そう感じさせてくれたカウンセラーと、カウンセリングというシステムに感謝。