
物心ついたときには
自分の影が幼い身体のものにしては
大きい事に気付いていた
それは大人の女の影だった
いつも後ろ姿のシルエットしか見せない女の影は
時に不安定な母よりも
ほとんど家に居ない父よりも
いつも私の傍に居た
私が「罰」で絆創膏のほとんどを使いきるほど
血を滲ませていたときも
その影だけだった
唯一私をこの世界から隠してくれた存在は
彼女はいつか
私にその手を差し出して選択を迫った
私は彼女の手を握り返して
悪魔に魂を売ったの
あの日からずっと
何よりも美しく咲ける日が来る事を願っていた
私が何よりも美しく輝ける存在であれば
誰よりも強い存在感を示し続けられれば
いつか白馬の王子様が現れて
その人だけは私に跪いて
私の剣になって
盾になってくれると
私の糧になって
愛というものを証明してくれると
泥の中で何度もそんな夢を見ていたら
泥沼もお花畑になっていた
強烈に照り付ける太陽の光が
覚醒するたびにまざまざと
鮮やかに現実を見せ付けて来る度に
私はあの女の影に逃げて
干からびてしまう事を極度に恐れた
咲く前に
枯れてはいけない
私が咲く為にはもっと
糧が必要だと
強烈な太陽が強く光り輝くほど
影はより濃く
はっきりと際立っていった
「それであの、次回お会いする時はシティホテルを予約するのでエレベーターに乗ったら先ず私に局部を露出するように命令してください
入室したら私が土下座でご挨拶をさせていただくのでハイヒールを脱ぐ前に私の局部をハイヒールで踏みながらお仕置きをしていただいてーーーー」
航空関係の仕事をしているというこの男は
カフェで爛々と目を輝かせながら次のデートプランを詳細に語り始めた
白けて相槌を打つ気分にもならず
冷めた顔でぼーっと嬉々とする男を眺めていた
ひとしきり理想のデートプランを語り終えた男にエネルギーを吸い付くされた気分になった
「楽しいのはあんただけみたいね
セッションは無しで」
そう言って席を立ってカフェを出た
この男はリカの長年の支援者だった
「最初の会話と視線のやり取りで良いセッションになるか教養の無いエゴマゾの躾で終わるかがわかるの」
「だから皐月、体感して感覚を掴んでいきなさい
あなた好みに育てられる男なのか
その男に自分は何を与えられてどこまで咲かせられるのか」
「だから面接って大事なのよ」
リカーーーーー
私の最初の女で
私を女にした女
数多のマゾヒストたちの
ドミナたちの頂点に立った女
蛇のような女
私の女性性はリカによって育まれて
リカによって形作られた
彼女の作品のひとつ
「フツーの男女だっていきなり性行為はしないでしょ?前戯が上手い下手じゃないのよ、そこは自分の好みに時間をかけて育てていけばいいだけ」
「ただ致命的に肌に合わない男には
自分のイズムを刻み込むには時間と労力と愛情が見合わないでしょ?誰彼構わず最初からセッションするのはやめておきなさい、エネルギーだって有限なのよ」
そしてあなたのエネルギーの源となる男を育てなさいとリカは言った
私の糧になって
私の色にどこまでも染まって
この関係性に悦びを見いだせる
ロマンチックで愚鈍な男なのか
私を引きずり込んで主導権を握り返す男なのか
愚鈍で発情のままに
私という毒婦に身を任せて
吸い尽くされて消えて行った男は沢山居たけれど
パターン化するマゾヒストたちを相手にしながら
私はリカの男をカフェで面接したあの日から
気付いていたと思う
私を欲情させて
どこまでも求めたくなる男がどんな男なのか
寝首を掻くような男
気付いたら自分の手綱を握られていた事に
終わりの時に思い知らせてくるような男
それはリカの言う「原則」に反した理想像だったけど
私はリカにして欲しかった事を
理想像に求めてるだけだという事にも気付いてた
色んな男を踏み越えて来て
男という生き物が情欲が絡むと犬と同じレベルにしかならない事も学んだし
そういった男独自の特性に幻想を抱き続ける女の執念深さも沢山見て来た
私が欲しいものは
私にしか与えられない
そんな風に思うようになったある日
私の前に現れたのがマサだった
皐月