しばらくご無沙汰になってしまった💦
中学生になり、私学へ入学。
様々な地域から色んな女子がいた。
最初は馴染めず、学校の雰囲気やまわりの雰囲気を
観察しつつ、自分がどう在りたいのか模索。
試験に合格してしまい、良かったのか悪かったのか?
叔母が同じこの女子中高の卒業生だった為、
私も自動的に行く事に。
私を可愛がってくれていた
祖母が願っていた事でもあったので、
試験も受けた、試験の3ヶ月前に祖母は亡くなった。
入院中に私学に行った時にと、マフラー🧣を、
編んでくれていた。
途中のまま、祖母の家にあったが、
叔母が編み上げてくれて、
入学後の初めての冬に通学の時には必ず
巻いて通学していた。
あったかさは2倍だった💕
徐々に学校にも慣れて、友達も増えた。
心から信頼出来る仲間が出来た🫶✨
1人じゃない!寂しさ辛さが薄れた!
ずっと制服着ていたいと思った(笑)
友達と楽しむ分、勉強はしっかりやろう‼️
と、決めて努力していた。
段々、大学の課題や将来の事を考えるように
なっていた中学三年の頃、生徒会長に推薦され
驚いたけど、これも学びだと思って活動に参加!
そうこうしていると、事務局から来て下さいとの
連絡があり話を聞くと授業料を親が滞納していた
家庭が経済的にピンチになっている様子もなく、
なぜ???と、疑問を抱いた。
学校では活動的に楽しく過ごし友達とも、
将来の夢をもち、学力も楽しく努力していたのに、
滞納が続き、継母に尋ねると、「あんたが私学行っ
てたら、私の息子が高校に行く際、お金がかかる!
あんたに無駄なお金を使うくらいなら、溝に捨てた
方がマシ‼️」と、言われた。
そこから、私は心が揺れザワザワ感が高ぶった💦
奈落の底に落とされた氣持ちだった。
テニス部の部活もレギュラーになり、
あちこち試合にも行き健全な学生生活をおくって
いたのが一変した。
父に尋ねたら、遅くまで部活と言っているが、
お母さんから聞いたら街をフラフラしていると
聞いた!部活は🏫に連絡し退部させたから!
と。。。なにそれ?なんで?どうなってるの?
継母の嘘を信じた父に裏切られた想いがふつふつと
湧き上がり、誰も信じられなくなった!
学校でも荒れ、街をぶらぶらするようになる🌀
落ちるのは簡単だった。
髪も染め、別人化した私。
守られてた何かすら邪魔に思えた。
夜の街で踊りに出かけると、同じような仲間が
沢山いた。皆んな あったかい何かが足りないだ!
ヤクザにも絡まれた、学年が明らかに上のお姉さん
達に絡まれ、ボコボコにされた事もあった!
ヤクザに絡まれても罵声を浴びせて、どうにかしてくれ!
みたいな自分がいた。
内心、哀れだった。
大切な思春期のエネルギーの吐口が益々
道を逸れていく。。。
タバコも吸うようになっていた。
格好付けてるだけの無駄な事していた。
世間で言う不良少女。
死んじゃダメって事すら感じなくなってた!
逆に殺してくれ!と思うくらいだった。
この、侘しさや悲しみを抱えきれない😭
ダメ押しで継母が父がいない時に(いつもの事)
「お前みたいなアバズレは恥だわ!黙って
出ていきなさい!家族に迷惑かけてなにも
思わないの???あんたがいたから、私は3人目の
子供を諦めたのよ‼️あんたさえ居なければ‼️
私達は幸せだったのに‼️」
その言葉は私の身体に突き刺さった。
家を出た、行き先も目的も持ち物もなく。。。
勿論、お金も無かった。
繁華街をウロウロ彷徨ってた行くあてもなく。
一つの求人募集の貼り紙に目がいく。
美容室での見習い募集だった、おまけに住み込みで
私は野良犬や野良猫ちゃんと同じだった。
人には噛み付く、でも、もうすぐ冬が来る
その貼り紙剥がして、残りわずかなお小遣いを
持って電車に乗り、その美容室へ。
その頃、父はなにも知らず警察に捜索願いを
出し、近所や駅前などを毎日、毎晩探していた
らしいと後で知った。
商店街の一角にある一階が美容室で2階は
小さなキッチンと畳部屋4.5帖くらいだった。
美容師になりたいので、働かせて下さい‼️
そして、住み込みでお願いしますと言った。
若いご夫婦で、この店に通っていたようだ。
とても良いご夫婦で何か事情があるようだけど、
大丈夫?帰った方いいよと何度も説得されたが、
本当の事を言う氣にはなれず、土下座して真面目に
働くのでお願いしますと頼んだ。
本来なら未成年の私を雇う事も住み込みさせる事も
許される話ではないが、行き場の無い私の事を
理解してくれた。あの時は本当にありがとう♥️
続きは次回からで。。。