ご無沙汰しております。
気がつくと、いつのまにかブログから離れてしまっていました。
博士後期課程の大学院生だった頃から、その後、博士号を取得し、仕事の軸も研究・教育へと移りました。現在は、大学教員として働いています。
アナウンサーとして働きながら大学院に入り、修士課程、博士後期課程へと進み、子育てが始まり、自分の関わる時間の割合が少しずつ変わり、仕事の重心も研究と教育へと移っていきました。「キャリアチェンジ」というほど劇的な転換があったわけではありません。修士課程に入学した当初は、現在の状況を予測していませんでした。研究や教育には、日々のなかで面白さを発見できるところがあり、仕事として続けていけたらと思うようになりました。ゆっくり色が滲んでいくように、気づけば、現在地というような、印象に近いように思っています。
久しぶりにブログを読み返すと、その過程での記事には、前向きな言葉ばかりが残っていて、我ながら驚かされました。「そんなふうに過せていたんだっけ?」と、当時の実感とのギャップに笑ってしまったので笑、現在の近況を少しだけ残しておこうと思った次第です。
軸足が移っていく過程では、今思えば、収束と始まりが重なる時期もありました。渦中の当人は、不確実さのなかにいるので、どの選択にするのか、何をとるのか、に迷いが生じつつ、小さな選択(判断)を積み重ねてきた時間だったように思います。以前、「パラレルライフ」について書いた記事がありましたが、複数の取り組みを続けるなかには、また別の―選択という難しさ―が生じてくるのだとも気づかされました。
また、できることを続け進めるなかでも、博士後期課程の研究を現実問題として、いつどう進めるかは、いつも頭の片隅にありました。子供がうたたねしたら、PCが開けるようにと、どこにいくにも鞄に入れて持ち歩いていました。ベビーカーの下の物入れにPCを入れて移動していた結果、壊れてしまったことも。常に焦りと隣り合わせでの空回り、今振り返ると少し可笑しくもあります。
でも、当時の書きぶりには、そうした焦りや揺れが、それほど表れていなかったように思います。先に何の確証もないものをすすめている気持ちだったがゆえに、停滞してしまうのを恐れて前向きな言葉を使う。ひとつの自己防衛でもあったのかもしれません。
博士号は取得しましたが、現在も、まだ過程を歩んでいるところです。たまたま読んでくださった方のなかにも、「不確実である」というゆらぎのなかで、その面白さや難しさと向き合っている方がいるかもしれません。きょうも、より良い日々に向かっている、その一日でありますように。ともに過程を進めていきましょう。
更新は頻繁にないかもしれませんが、一区切りとして、ささやかな近況を記しておきます。