TABIBITO

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自然に 素朴に 明日をみつめて

今朝(11月6日)付の「朝日」新聞社会面に、うれしくなるような記事があった。

 

 

ローマ・カトリック教会のフランシスコ法王が今月23日から26日まで来日し、広島と東京,長崎を訪問することが決まっている。ローマ法王の被爆地広島訪問は,ヨハネ・パウロ2世に続き2度目、38年ぶりの訪問となる。

 

ところが、そのローマ法王の広島訪問のため、私立盛岡誠桜(せいおう)高校(盛岡市)の2年生233人らが修学旅行で24日に広島を訪れ、広島平和記念資料館(原爆資料館)を見学する予定だったのだが、警備で公園周辺が閉鎖されるため、見学できなくなったと学校側に伝えられたという。

 

普通は、これで「仕方がない」とあきらめて終わってしまうところだが、そのことに納得できず声をあげた人がいた。

盛岡誠桜高校の附田政登(つくたまさと)(70)校長だ。

 

附田校長は、悩んだ末に、「自身の訪問で生徒の学ぶ機会を奪うことは、法王自身も望んでいないはず」と訴える投書を、「朝日」新聞の「声」欄に送り、9月30日付の東京本社版に掲載された。

 

投書では「日程は1年半前から調整し、何もかも予約済み、変更はとうてい無理です。生徒たちは今、平和公園の『原爆の像』に捧げる千羽鶴を折っています。」「法王の訪問も大切な国家行事でしょうが、私は子どもたちに何としても原爆資料館と平和公園を見せてやりたい。未来を担う若者がわざわざ広島まで行って平和公園に足を踏み入れることすら許されないとは、それは決して法王の本意ではないと思います」として、「何とかして両立させる道を探れないものでしょうか」と訴えていた。

 

1948年創立の同校にとっては、広島訪問は40年以上続く伝統だったというし、「原爆の子の像」の前では生徒たちが自分たちで考えた「平和宣言」を発表する予定だったという。校長の心中はいかばかりだったろうか。

 

「声」欄に掲載されると、反応がすぐにあった。

同校には励ましの電話や手紙が50件近く寄せられた。そして、掲載から数日後、広島市から「(夜間の)特別開館を検討する」との知らせが来て、その後11月5日に、「法王訪問当日に限り、資料館を午後8~10時に開館する」という異例の対応も発表した。10月11日には、東京のカトリック中央協議会から、「ぜひ平和記念公園での集いに参列いただきたい」と手紙が届いた。生徒たちが広島に行く予定の11月24日に開かれる、法王が平和に向けたメッセージを語る集会への招待だった。

 

附田校長は、「中止になっても仕方がないと思っていた。こんなうれしいことがあるなんて」と校長は話したという。

 

1通の投書が、行政を動かし、バチカン(ローマ法王庁)動かした。

 

 

日本人は、何か、偉い人や国や行政など「お上」が絡む事柄について、不服があっても「物申す」とか「たてを突つく」ということがなかなかできないお国柄のように思う。だから「忖度」という言葉が流行語になったりする。

 

ところが、今回、附田校長は、新聞の全国紙への投書という、不特定多数へアピールするという究極の手段をとった。校長の肩書を付けて実名で堂々と新聞に載ることは勇気のいることであろう。

 

同時に、その「声」を掬い取った広島市とバチカンの関係者の感度もよかったのだと思う。想像力を働かせて、附田校長の生徒たちへの思いと、「何とかして両立させる道を探れないか」との訴えを真剣に受け止め、実現のために動き出したのだ。しかも、時間的経過からすると、とてもスムーズに事が運び結果が出たように見える。

 

詳しい経過はわからないが、もしも、ヒラメのような「上に意見をして不利な立場になりたくない」というような者ばかりの組織や、多様な意見や提案に耳を傾けようとしない硬直した、風通しの悪い組織だったとしたら、入口で対応しようとしないか、どこかでつっかえるかで、なかなか、このようなかたちで進展はしなかったであろう。

 

今回のことは、「声をあげることがいかに大切か」をわれわれに教えてくれたと同時に、そして、その声を聞き、できるかどうかは別としても、真剣に受け止め、考えよとする機能が働く社会であるかどかが問われた一つの事例となったと思

 

私は、今回の記事を読んで溜飲が下がるような思いを抱いたが、本来なら、もっともっとこうしたことが日常で、当たり前のようにあってもいいと思う。

そうなれば、日本がもっといい国になることは間違いないだろう。

 

 

(なお、10月31日の「声」欄には、附田校長が一連の経過を報告した「法王と全国の皆様に感謝」と題した投書が再び掲載された。