何不自由なく生活して来た人は、それなりの苦労が有るのだろうが、一般社会の中で苦労して生活している人達には(わがまま)としか映らない。
年間何百億いや、何千億ものお金を特権階級の為に使う必要があるのか?
甚だ疑問だ。
国をまとめる為の象徴が、自由主義社会の中で本当に必要なのか?
一般国民は高額な税金を払う為に借金までして払っているのに、特権階級は頭を下げて会釈を振るだけで、〇〇総裁と冠を👑冠、考えられないような高額のお金を貰って生活している。
ここには平等は存在しない。
こういう制度が民主主義社会の中で必要なのか?
もう一度国民皆んなで考えた方が良いのではないか?
民主主義社会の基本は国民一人一人の権利が平等でなければならない。
この世に生を受けたい瞬間から全ての人が平等でなければならない。
特権階級を温存する事は過去に経験した軍国主義や独裁主義や共産主義社会の特権階級と何ら変わらないのではないか?
国民一人一人は凡ゆる場所で働いて税金を納めて、ささやかな暮らしをしている。
〇〇族と言われるほんの一握りの人達は、独自の警察に守られ、高給を貰い、今時お城に住み、御用邸なる別荘を持ち、特権を持って生活している。
完全におかしいのでは?
何故この特権階級が民主主義国家の中で庇護されなければならないのか?
何のために、何故必要なのか?
今一度全国民が考えても良いのではないか?
籠の中の鳥は自由を求めて籠を飛び出した。
外には烏や鷹や肉食獣が腹をすかして狙っている。
日本と言う世界一安全な場所で生活している小鳥は果たして本当の自由や幸せな生活を送ることができるのか?わがまま〇の末路を知ることになるのでは?
世の中は全て善では無い。
とおもうのだが、、、、、。