♪やぁみぃに向かって突っ走るのさぁどこぉまでもぅ
超々 初期時の「サブウェイ特急」リハーサル中の矢沢の永ちゃんであります。 1976年日比谷 前年の頃。
地デジ、地デジと世間、電器屋にあおられてまた永ちゃんのCMにもあおられて、うちにもブルーレイを導入しました。
SONYのブルーレイ!!
『おいっ そこの君たち。 これからはブルーレイの時代だっ。つべこべ言わないで借金してでも今すぐブルーレイにしなよっ』。 SONYのブルーレイにって。
永ちゃんのするどい眼光と説得力のある巻舌で俺はとうとうブルーレイを買ってしまった。
しょうがねぇよ。矢沢に言われたら。 永ちゃんなら。従うよ。
中学の頃に永ちゃんにパンツ脱げって言われたらすぐに脱いだだろうね。マジで。カリスマ。
ビデオデッキの内部。テープが自力で出てこない。 これもSONY製
ブルーレイのおかげでテレビ番組録画やビデオカメラの編集とかも便利になりぜんぜんビデオデッキを使わないで2、3年経ってある日、掃除していたら永ちゃんの懐かしのVTRが出てきたので早速見ようと電源を入れテープをいれると いゃーな音。 ブーン
あわててイジェクト押したら今度はテープが出てこない。 おいおいっ まじかょ。

このビデオデッキ、中身 スカスカじゃん。 なにも入ってねぇ。 すごく軽い。改めて知った事実。
テープを入れたときその押し込み具合でデッキごと動く。 後ろに押される。
この形式、ベータのソニーが戦いに負けてどこかのOEMで作らせたしろものなんですかねぇ。
そのテープはテレビ放映版 「A DAY」と「ザ ビッグサタデー 後楽園ライブ」の2本立て 。
めちゃくちゃ映り悪い。「A DAY」のほうは2000年に出たDVD 「ザスターインヒビア」と同じ内容のものだ。
神ビデオ
このころからか永ちゃん、ことあるごとに『All Produced by E.YAZAWA』と謳う様になっていた。
この言葉がカッコよく感じたもんだ。
映りは最悪、だけどいい味出ている。音もゴワゴワって感じ。思い入れがたくさんある。
後楽園のほうは土曜日の昼の1時くらいだったか、速攻で家に帰り昼飯食いながら見た記憶がある。
当時はうちにもビデオなんてなかったから記憶するのみだったね。
このテープ、先輩譲りのダビングものだから音も悪い。
ちょっと懐かしい話 中学の頃 1977年頃の話。
今はCDとかネットで音楽が買えるけど俺の家にはステレオなんて無かった。
俺らの頃はまともにステレオ持ってる奴がいなかった。
その時だけは嫌いな友達に媚びてよく録音させてもらったりしてたもんだ。
「今日 ビートルズ 録音させてくれよって」 よく録音させてもらってたな。
その録音って言ってもスピーカーの前にカセットレコーダーを置いてレコードの針が降りた途端にカセットのポーズボタンを解除してやってた。 赤いしるしのボタン。再生ボタンとRECボタン押したままポーズ。
指2本で押すんだ。録音は。
音声出力も入力端子もついてない。 あるのはイヤホン端子のみ。
俺のはラジカセなんかじゃなくてカセットレコーダーだった。 たしかフェアメイトとかいうメーカーの。
そいつをスピーカーの前において録音してた。
針のホコリを取ってレコード盤拭いたりして。 それでもプツプツっと針がレコードをこする音。
基本は一発録り。
その間ずっと無口。 動いてもいけない。がまん。
そいつの家は団地だったので公園から子供の声やらそいつの家族が帰ってきたり、夕方の4時とか5時とかの夕焼け小焼けの帰りましょうの放送なんかが入ったりといろんなアクシデントを乗り越えながら録音だった。
ひどすぎる曲はまたその曲からの録り直し。鉛筆でテープ巻き戻してみたりして。
そんな状況での録音だから多少の雑音は我慢して聞いていたもんだ。
シングル盤ならA面B面と2曲で約6分から7分で終わる。
だけど一枚のLP盤を1曲目からきれいに録音するのはものすごく大変だった。
永ちゃんのレコード、そいつが誰かに借りてきた。傷だらけなんだよ。プツプツっと。 たまに飛んだりして。音が飛ぶっていうのはレコード盤に傷やホコリがあると針で音を拾う仕組みのプレーヤーのアームがジャンプするんだよ。
掃除のときに『クールス』も出てきた。 初期の舘ひろしのやつ。 そいつが録ってくれたやつだ。
思わぬ偶然のロングバージョンができた。「彼女はダイナマイト」 この曲の間奏部。ギターソロのところ。 ここで針が飛んだのだろう。オリジナルよりも多分2分くらい長い。
微妙なところで針は元に戻り何ごともなかったのように録音されていた。 結構いけてたよ。
『クールス 決定版』
どきどきするようなチョッパー飛ばしてっ